今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「花婿さんには物理は教えましたが、酒は教えませんでした。となりに座っている小柴君には酒は教えましたが、物理は教えませんでした」
--朝永振一郎

薫陶ということばがある。

薫は、香をたいてかおりをしみこませること。陶は、粘土を焼いて陶器をつくりあげること。そこから、師弟関係などで、徳を以て感化し影響を与え、すぐれた人間をつくり出すことを言う。学問のある特定の分野や技芸の習得よりも、全人格的な感化といった意味合いが強いだろう。

このことは実は、教育(学問)においてもっとも重要なことであり、かつ難しいことなのではないだろうか。夏目漱石も小説『野分』の中に、こんなふうに綴っている。

「学問は綱渡りや皿廻しとは違う。芸を覚えるのは末のことである。人間が出来上がるのが目的である」

漱石は「自分は教育者には向かない」などと呟いて、学校の教育現場を離れたが、その実、多くの門下生に人格的な感化をもたらしたという点において、もっとも本質的で、もっとも偉大な教育者のひとりだったと思えるのである。

掲出のことばは、明治生まれのノーベル賞物理学者・朝永振一郎が、教え子の結婚披露宴の祝辞の中で述べたもの。朝永の傍らの席には花婿の後輩である小柴昌俊さん(のちのノーベル物理学賞受賞者)がいて、座は仄(ほの)かな笑いに包まれる。朝永のスピーチは小柴さんをダシにしながら、花婿にちょっとだけ「花」を持たせている。

しかしながら、小柴さんも決して嫌な気持ちにはなっていない。いや、むしろ嬉しく誇らしい気も、少しあっただろう。だからこそ、自著『やればできる。』の中にこのエピソードを書きとどめている。私はこのスピーチのことばから、朝永・小柴という師弟間における「薫陶」ということを強く感じるのである。

小柴さんは一高在籍中に同校校長の哲学者・天野貞祐の紹介を受けて朝永の面識を得、何かと面倒を見てもらうようになった。朝永は京大卒、東京教育大の学長などをつとめていたのに対し、小柴さんは東大の物理学科に進学したため、直接に学問的な指導を受けることはなかった。

それでも、ウィスキーの小瓶を携えて一緒に旅行に出かけたり、教育大の学長室を訪ねて戸棚の中の隠しボトルのご相伴にあずかったりと、酒をまじえての私的な交流がずっと続いていたという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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