
珊瑚の島でサトウキビ畑を耕す
横なぐりの雨と風に、一面のサトウキビ畑は波打ってしなり、緑の葉が茂る穂先は今にも地面に倒れ込みそうだ。色とりどりの雨合羽に身を包んだ3人の男女が、小さな斧を片手に文字通りキビキビと動き、3〜4mはあろうかという細長い茎をするすると引っ張り出すように収穫していく。
「このくらいの風ならば、収穫は休まないんです。島の風は虫を吹き飛ばしてくれますし、島は平坦なので、太陽が出れば満遍なく陽が当たるんですよ」
並んで見ていた喜禎浩之さんが教えてくれた。鹿児島から南に380㎞、奄美群島・喜界島の「朝日酒造」は、四半世紀ほど前にサトウキビの自社栽培を始めた。蔵は創業110年。浩之さんは2011年に4代目に就任、’15年にはサトウキビ畑と黒糖の有機JAS認証も取得した。
雨に濡れてなおふかふかと弾力のある畑の土を踏みしめながら、浩之さんが続ける。
「切り落とした葉、キビの搾りカス。それに焼酎カスから米の磨ぎ汁までぜんぶ畑に戻しています。だんだんいい土に育って、キビの細胞壁も強くなった気がします。今では虫もあまりつきません」
喜禎浩之さん・ルミさん

1971年生まれ、54歳。東京農業大学醸造学科を卒業後、鹿児島の小鹿酒造で3年修業し、2000年に蔵に戻る。’11年に代表就任。食好きで、酒質設計は鮨、中華、カレーなど具体的な食事シーンをイメージして行なう。妻のルミさんとは1997年に結婚、SNSはルミさんが担当。
高台のガジュマルと、純白の野生の島百合の前で。「島には信号がひとつだけで、リゾート感もないですが、それがいいところです」
サトウキビの青い風味
暴風雨から一夜明けた朝、収穫したサトウキビは劣化する前に製糖する。まずはサトウキビを圧搾して、ジュースを取る。勧められて搾りたてを口に含むと、淡い緑のノートが広がった。可憐な甘み、ほのかな酸味、柔らかな舌触りの液体がしっとりと喉を滑り落ちていく。サトウキビとは本来こんな味わいなのか。ベトベトと粘着するような質感はみじんもない。
「化学肥料由来のエグみがありません。それに、極力酸化しないように手刈りにし、苦みのある穂先は落としているので、味わいが違うんです。いい意味でのサトウキビの青さを表現できたらいいなと、それをテーマにしています」
浩之さんが社是として掲げるのは「黒糖焼酎を通して、喜界島を伝える」こと。テーマパークもリゾートホテルもない、でもそれが島のいいところ。あるがままの喜界島を知ってほしいという浩之さんの言葉に、溌剌とした美しさがあるサトウキビの味わいが重なる。

キビジュースはその後、石灰でpH調整をして、2時間ほど煮詰めたら型に流し入れる。固まる寸前に手早くダイス状にカットしたら完成だ。熟練の腕を要する一連の作業に携わるのは、昨日、雨ニモマケズと収穫をしていた農業部の3人だ。この道20年の萩原和香子さんと賀るみ子さん、黒一点の幸得進也さん。
10か所に点在する畑を3人で飛び回る日々だが、それでも自社黒糖には限りがある。今のところ、全量自社で醸すのはヴィンテージ焼酎『陽出る國の銘酒』と『神喜の目醒め』のみ。だが、すべての銘柄に必ず自分たちが手ずから作った喜界島の黒糖を、少量加えているのだという。

米のニュアンスとラム酒と
黒糖焼酎は、本来そのままアルコール発酵することができる黒糖を、あえて米麹と合わせて醪を造るという、特殊な成り立ちを持つ酒だ。古くは江戸時代にも文献が残るが、現代に繋がる原型ができたのは戦後だ。アメリカ占領下の奄美で黒糖焼酎が造られ始め、返還後に奄美地域限定の特別措置として、米麹を使うことを条件に黒糖焼酎の製造が許可された。

「でも、米麹のお陰で、黒糖焼酎は食中酒として楽しめます。穀類のニュアンスがあって、ラム酒の要素もある。鮨からスイーツまで幅広い食に合わせることができる珍しい蒸留酒なんです」
唯一無二の原料の魅力を最大限に伝えるべく、酒造りで目指すのは「濃いコクのある焼酎」だ。
「発酵が進んだ黒糖の醪は赤ワインの入った味噌みたいな複雑な味になります。まずは醪でしっかり狙った成分を出すことが大切です」
蒸留は、常圧蒸留が基本。「蒸留器のつる首の高低や角度、さらに米袋を巻いて水蒸気を戻し、より多くの香りを引き出したり」などの工夫も重ねて、黒糖ならではのふくよかな味わいを表現する。
喜界島は隆起珊瑚礁の島で、今でも年間平均2㎜のペースで大地が隆起しているのだという。島は生きているのだ。透明のエキスに封じ込められたこの島の息吹を、ぜひ感じてみてほしい。

朝日酒造

住所:鹿児島県大島郡喜界町湾41-1
電話番号:0997・65・1531
ホームページ:https://www.kokuto-asahi.co.jp/
小さな島の豊かな食文化に驚く、料理上手な女将の一軒


海の幸 花のれん
住所:鹿児島県大島郡喜界町湾445-38
電話番号:0997・65・3435
営業時間:18時~22時
定休日:日曜
交通アクセス:喜界空港から車で約1分
取材・文/渡辺菜々緒 撮影/宮濱祐美子
※『サライ』2026年8月号より












