旧牛根中学校の体育館を改修して製造蔵に。設計開始からわずか10か月で竣工。甕やタンクは県内の焼酎蔵の協力で揃えた。

「自分の畑で育てた芋で理想の焼酎を造りたい」

鹿児島県垂水市牛根地区。大隅半島の北部に位置し、目の前に雄大な桜島を望む。昨年、この地に新たな焼酎蔵が誕生した。八木健太郎さんの「健土 牛ノ根蒸留所」という蔵だ。健太郎さんは焼酎ファンにはつとに知られた存在で、同じ垂水市内にある実家の焼酎蔵で20年近く代表を務めていた。ところが、方針の違いから2023年に蔵と袂を分かつこととなる。

八木健太郎さん

やぎ・けんたろう
 1982年生まれ、44歳。岡山理科大学理学部中退、鹿児島大学大学院で焼酎製造を学ぶ。鹿児島・垂水市にある生家の焼酎蔵を継ぎ、日本初となる全原材料自社栽培の“ドメーヌ焼酎”を実現。その後、独立して、農業法人と焼き芋とジェラートの店を経営しながら、2025年10月「健土 牛ノ根蒸留所」として新規焼酎蔵を創業する。社名は「捲土重来」と「健やかな土」のダブルミーニング。
自社の苗芋畑では、コガネセンガン、べにはるか、フクムラサキ、タマアカネなど7種を育成。「土に触れると色んなアイデアが浮かぶんです」
自ら栽培した芋を、温度と湿度を調整した最適な環境下に3か月以上置き、糖化熟成させた「蜜滴芋」。生芋で糖度50度という驚異的な甘さを活かして、“デザート焼酎”を造っている他、焼き芋やジェラートも製造・販売している。

農醸一体の造りとは

健太郎さんの名刺には「農業醸造家」と書かれている。文字通り、畑を耕し、酒を造る人という意味だ。前職の蔵でも農業法人を設立し、芋と米を育て醸す“ドメーヌ焼酎”を世に送り出していた。

新たに始める焼酎蔵でも、農業も並行してできることが必須条件。牛根周辺は再活用できる耕作放棄地が多く、蔵を始めるにあたり、好都合の環境だった。

現在3haの自社畑を所有している。ドメーヌ焼酎を復活させるにはまだ足りておらず、蔵の周りの休耕地も借り受ける予定だ。また、今年度から麹用の米作りにも着手する。

健太郎さんは新鮮な芋のみで焼酎を仕込む「農醸一体の造り」を唱える。芋は収穫から時間が経つほど傷みが増し、焼酎の味わいを低下させる。さつま芋は水分を多く含むので、米や麦に比べて圧倒的に劣化が早い。

ワインの原料であるブドウもさつま芋と同じくらい水分含有率が高いことに気がついた健太郎さんは、「農業から醸造まで一貫して生産者(ドメーヌ)が行なうワインが良い手本になった」と話す。

さらにもうひとつ、健太郎さんの代名詞といえる仕込み方がある。「蜜滴芋」を使用した芋焼酎だ。

「蜜がポタポタしたたるほど、糖度を高めたさつま芋のことです。収穫した芋を3か月以上置いて水分をほどよく抜き、糖化熟成させるんです。こうすると芋の内部に蜜が溜まり、甘みを非常に濃く感じる芋焼酎ができ上がります。焼き芋の皮目に感じるキャラメルのような味も出せるんですよ」

これも貴腐ワインやアイスワインなど、水分を抜いて糖度を高めたブドウで仕込む、デザートワインに着想を得た。芋も糖度を上げれば「“デザート焼酎”ができるのでは?」と考えたのだ。

品種によって糖化熟成の方法を替えるなど、現在も蜜滴芋のブラッシュアップを続けている。

追求するのは香りではなく、さつま芋の‟味を感じる”焼酎です

2026年1月に初リリースした代表銘柄『健土』25度720㎖1700円、1800㎖3200円。自社畑及び契約農家のコガネセンガンを使用する。朝に収穫し、その日のうちに仕込む。香り豊かな原酒と味わい重視の原酒を2種ブレンド。水割り、ソーダ割り、ロックと飲み方を選ばない酒質だが、甘露な味わいはお湯割りで開く。

香りよりも味のある焼酎を

「焼酎は蒸留酒だから味がない、といわれますが、そんなことはないと思うんです」

健太郎さんが本当に造りたい芋焼酎は「味を感じる焼酎」だ。定番酒『健土』も、蜜滴芋で仕込む『蜜滴シリーズ』も、フルーティで華やかな焼酎ではなく、甘さが舌を包み込むような普遍的な味わいを目指している。実際に口に含むと、アタックは穏やかでゆっくりと甘みが伸び、やがてきれいに消えていく。特にお湯割りにすると、ねっとり濃厚な焼き芋を食べたときの滋味深さが、温もりとともにじんわり広がる。掘りたてのフレッシュな芋や、丁寧に糖化させた芋だから表現できる、ピュアでバランスの取れた“新しい王道”ともいうべき上質な味だ。

廃校になった牛根中学校と閉院したクリニックの建物を、蔵や事務所、倉庫に活用。
指宿市の大山甚七商店や出水郡長島町の杉本酒造から譲り受けた貴重な和甕で一次仕込みを行なう。
2025年12月に開業記念のファーストボトル、左から『健土25度』『蜜滴KEND』『PHOENIX原酒38度』を発売。即完売した。
種麹メーカー・河内源一郎商店の厚意で導入できた蒸留器。蒸気が醪に安定して当たる理想的なマシーンだ。

感謝を胸に焼酎を醸す

焼酎造りに農業に、とつねに前向きな健太郎さんだが、2023年に前の蔵を去るときは心が千々に乱れたという。仕事がなくなり、九尺二間の貸家に家族6人で身を寄せたこともある。それでも「もう一度焼酎を造りたい」という情熱の灯が消えることはなかった。

資金繰りのためにともに焼き芋店『ケンファーム』を始めて、健太郎さんを励まし続けた妻、そして子どもたち。焼酎蔵の仲間をはじめ、地元の企業、銀行など手を差し伸べてくれた人たち。健太郎さんの復活を願っていた全国の愛飲家。多くの支えに助けられ、通常なら単身個人ではほぼ不可能といわれている本格焼酎の新規蔵を、わずか2年で開業した。

この7月、同級生が垂水に店を開いた。フレンチと芋焼酎を組み合わせた斬新なコースを提案し、蔵を盛り上げる。

「垂水は桜島と地続きの町。土地も人も強いエネルギーを持っているんです」。そう語る健太郎さんの姿と、マグマをたぎらす活火山が重なって見えた。

「妻と4人の子がいたから復活できた」と健太郎さん。
蒸留所併設の売店。
蜜滴芋の焼き芋とジェラート。プリンのような濃厚な甘みが持ち味。蔵ができるまでの八木家を支えた商品だ。現在、垂水市内の工房と道の駅で食べられる。
桜島の山容が蔵の目前に。

●健土 牛ノ根蒸留所 

住所:鹿児島県垂水市二川字中渡241-3
電話番号:0994・36・1662 
ホームページ:https://www.big-advance.site/c/196/1437

フランスの三ツ星で修業したシェフによるペアリングコース

地元の人が集えるカジュアルなレストランを今年7月に開店。料理は「牛ノ根蒸留所の焼酎とペアリングを味わうフレンチコース」1万円より。「垂水産カンパチを使ったサラダ仕立て」と『健土』のソーダ割り。
「魚介のポワレ ブイヤベース風」は水割りで。
「ケンファームの蜜滴焼き芋とジェラートのパフェ」には『蜜滴KEND』のロックを。焼酎1杯600円〜。
パリの三ツ星レストラン『タイユヴァン』などで研鑽を積んだオーナーシェフの谷脇寛仁さん。健太郎さんは小・中学校時代の友人。

レストラン ウチエ

住所:鹿児島県垂水市栄町17
電話番号:0994・32・3532 
営業時間:11時〜23時(最終注文22時30分)
定休日:無休 
交通アクセス:垂水港フェリーターミナル(新港)からタクシーで約5分

取材・文/佐々木香織 撮影/繁延あづさ

※『サライ』2026年8月号より

8月号特集は「本格焼酎」は風土で味わう

 

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