
2021年冬、ある日本人青年が英国公共放送BBCのラジオ番組に出演した。
「私の名前は小池駿介です。家業のスーパーマーケット事業に携わっています。私がウイスキーに惹かれた理由は、まずその味わい、そして、ウイスキーの世界の奥深さ。私たちはウイスキーを造ることを決意しました!」
英語のインタビューにも臆することなく、その声音は若者らしい溌剌とした熱気を帯びている。
世界で注目されるジャパニーズウイスキーの新進創業者である小池さんは、だがこの翌春、不慮の事故により28 歳で還らぬ人となる。知床沖で沈没した観光船の乗客のひとりだったのだ。



50年熟成を一緒に飲みたい
磐梯山の西山麓。地元で「天鏡(てんきょう)」の名で親しまれる猪苗代湖に臨む日本酒蔵・榮川酒造。その一角で蒸留所が稼働したのは事故から2年後の2024年4月のこと。
特別顧問に就任したスコットランド出身のウイスキー・コンサルタント、ブレア・ボウマンさんは、かつて小池さんとともに、現地で60近い蒸留所を巡っている。
「小さな蒸留所から非常に大きな蒸留所まで、どこへ行っても彼は大量にメモを取り、数えきれないほどの質問をしていました」
帰国後、そこで得た知見を余すことなく注ぎ込み、小池さんは故郷・会津で蒸留所設立に着手。英国フォーサイス社にプラント設計を依頼し、図面の改訂だけで19回を数えたというから、その熱意のほどが窺える。58種類もの樽で実験的な樽熟成にも挑んだ。


「駿介が私に語ってくれた夢のひとつが、50年熟成のウイスキーを一緒に飲むことでした。その夢は、今も私たちを導いています」
長期熟成という時間を要する本物のウイスキーを、会津から世界へ──ボウマンさんが語るように、小池さんが描いた夢はいまや蒸留所全員の情熱である。
自社蒸留シングルモルトのリリースは何年後か。人々の祈りをのせて眠るウイスキーは、静かにその時を待っている。
天鏡蒸溜所

福島県耶麻郡磐梯町大字更科字中曽根平6841-11
電話:0242・73・2411
見学可。「天鏡蒸溜所見学ツアー」を予約制で開催。3000円。
https://www.tenkyo.jp/
取材・文/渡辺菜々緒 撮影/宮濱祐美子
※2026年サライ3月号より












