
料理は、誰が、どのような思いで作っているかを知っていれば、その味わいも随分と変わるものです。八坂神社石段下の向かいに店を構える「祇園 いづ重」の朝食もまた、4代目店主・北村典生(きたむら・のりお)さんの人となりを知るほどに味わいが深くなります。
削ぎ落とすことを恐れず、古いものを慈しみ、毎朝の一膳に京都らしい静けさを宿す。そんな朝食を目当てに店を訪ねました。

今も現役で使われている火鉢が、落ち着く空間にしている。
「質素にしたかったんです」北村さんが考えた朝食のかたち
「飾り気を削ぎ落として、もっとも『質素』な形にしたかったんですわ。品数が増えれば増えるほど、なんか美味しくなくなるんですよ。削ぎ落とした方が絶対美味しいです」
店主の北村さんは、朝食についてこう話します。祇園にある老舗と聞くと、つい贅沢な朝膳を思い浮かべてしまいます。けれど、「いづ重」でいただく朝食は、むしろその反対にありました。
足していくのではなく、引いていく。京都の人が大切にする美学そのもの。見栄えよりも、一日の始まりに、本当に美味しいと思えるものだけを食す。その考え方が、この一膳の芯になっています。

ほうじ茶、漬物盛り合わせ、炊き立てのごはん。880円。
その発想の背景には、北村さんの中に強く残っている朝の記憶があったそうです。
「比叡山でいただいた、とてもシンプルな精進料理です。派手ではないけれど、『これが一番美味しい』と実感したんです。とにかく余計なものがなくて、それがすごく印象に残っています」
さらに話は、比叡山での具体的な光景へと続きます。
「炊き立てのご飯と、山で摘んだ山菜とご飯、お揚げしか入っていないような味噌汁。それを琵琶湖がばーっと見渡せる古い建物でいただくんです。食事中はしゃべってはダメだし、音を出してもダメ。そんな空間で食べるから、ものすごく美味しいんですよ」
シンプルなものの中に、真の美味しさを発見されたそうです。

朝食のために選んだ米と水
「朝食のお米はお寿司と同じですか?」と尋ねると、北村さんは間髪入れずに「違いますよ」と答えました。
「お寿司は、古米を使います。その理由は、古米は酢と塩と砂糖を吸収してくれるから、お寿司として美味しくなるんです。
だから、朝のご飯とは別です。朝食用のお米は『つや姫』を使っています。いろいろ炊いて食べてみた結果、『つや姫』が一番美味しかったんです」
米の話に続いて、ごはんを炊くのに必要な水の話になります。
「令和5年(2023)に店を改装した際、地面を掘り直したら、水が湧き出たんです。その水が美味しかったんですよ。保健所に調べてもらったら、衛生上問題ないということなので、今はお米を炊いたり、お茶にも利用しています」
昭和46年(1971)に京都市円山駐車場ができたとき、「いづ重」の並びにある地下水は皆枯れてしまったそうです。けれど、改装にあわせて地面を掘ったところ、再び水が出るようになったとのこと。

近所の人の中には、水を汲みにくる人もいるとか。
朝の一膳の最高のおかず、漬物
「漬物も最初は自前で作ってたんですけどね。うまいこと作れない。漬物ってできへんよ。一種類作るのが関の山ですわ」
北村さんは、そう言って笑われました。寿司屋の朝食だから、脇を固めるものまで店で手作りだろうと思っていましたが、北村さんはそこでも見栄を張りません。自分でやってみた上で、納得のいくものができない。だから、本当に美味しいと思うものを、取り入れる。その率直さにも、「いづ重」の朝食らしさがあるように思いました。
選んだのは、大和大路沿いに店を構える紙谷(かみや)商店の漬物でした。

「紙谷商店さんは一つ一つ自分の手で漬けてはるし、そこのものを使っています。旧知の間柄ということもあって、私は紙谷さんところの漬物が一番好きですね。紙谷さんは先代からの昔堅気のやり方で漬けてはるんですよ。だから美味しいんです」
しかも、その漬物は地元の人の舌にもかなっているそうです。
「京都の人も『美味しいわぁ。どこの?』とよく聞かれますわ。朝食の漬物は、紙谷さんと相談しながら、季節ごとに3、4種類選んで出すようにしてます」
京都で暮らす人が「美味しい」と言うものを、朝の一膳に添える。さらに、その時々に適した漬物を聞き、そこから選び取っているところに、北村さんの実直さがにじみます。


漬物は、季節の移ろいを感じさせてくれます。香の物というと料理の添え物のように扱われがちですが、いづ重の朝食ではメインディッシュとして出されます。
漬物を一口食べると、不思議とごはんを口にしたくなる。ごはんを口にすると、別の漬物が食べたくなる…。やっぱり漬物というのは、日本食には欠かせないもの。日本人であることを感じさせてくれる食べ物の一つだと改めて実感しました。
さらに、お茶漬けで食べる漬物とご飯はまた格別でした。質素な朝食の魅力に引き込まれてしまいます。

2膳目は、ぶぶあられとおぼろ昆布を入れたお茶漬けにするのも美味。
「京都の人の朝は、昔からお茶漬けです」と北村さん。
通ううちに味わいが増す、「いづ重」
誰が、どういう思いで、どのように、この一膳を作っているかを知ることで、口にする料理の味は自ずと変わってくるように思います。
印象的なのは、北村さんは老舗の店主でありながら、少しも気負ったところがなく、どんな質問にも気さくにこたえてくださること。「人手不足で大変なときに朝食まで作るなんて大変ですよね?」と尋ねると、「無茶苦茶大変ですよ。朝から気ぃ狂いそうです」と、思わずこちらも笑ってしまうような言葉が返ってきます。
弱音のようでいて、どこか明るい。その語り口に、北村さんの飾らない人柄が表れていました。

そんな北村さんですが、鯖寿司の話になると途端に顔つきが変わり、言葉にも厳しさが増します。
「鯖が不漁になってきたので、日本中から鯖を取り寄せて試してみましたけど、さっぱりあかんですわ。脂の乗りも大きさもダメ。多分、コロナ禍以降、たくさん消毒剤を使うようになって、海が死んでしもうたんでしょうなぁ。今の鯖では鯖寿司は作れません。お客さんの方がいづ重の鯖寿司の味をよう覚えてはるからねぇ。そんなお客さんに味を落としてまで売ることなんてできませんよ」
カウンターの貼り紙「一二一〇 三八七一(いづ重 サバ無い)」にその気持ちが表れているのだと納得しました。この分だと当分の間、鯖鮨は食べられそうにないとちょっと悲しく思いました。


アトリエのような2階には、アイディアが散りばめられていた。
無理をして出すのではなく、納得できるものだけを届けたい。その姿勢は、朝食づくりにもそのまま通じているように思います。
自分が本当に納得できるものしか出さない。その厳しさがあるからこそ、言葉にも料理にも信頼がおけるのです。

その日が楽しみだ。
最後に
私たち客の立場で見ると、食事を「高い・安い」「口に合う・合わない」「人気のあるなし」といった表面的な尺度で捉えがちです。しかし、物価高の中で「お客さんに満足してもらいたい」とさまざまな工夫を凝らす料理人の気持ちを考えて食べることも必要じゃないかとつくづく考えさせられました。
■いづ重
住所:京都市東山区祇園町北側292-1
TEL:075(561)0019
営業時間:朝食7時〜8時、10時30分~19時
定休日:水曜・木曜
HP:https://gion-izuju.com
※臨時休業もあるため、前日に電話確認をすると安心です。
●取材・執筆/末原美裕

小学館の編集者を経て、編集プロダクション「京都メディアライン」を主宰。京都在住。日本文化や歴史、京料理、歳時記を主なテーマに執筆。『京都学問所紀要 鴨長明の世界』『京都学問所紀要 方丈記』(ともに賀茂御祖神社京都学問所)を編集。
note:@kyoto_monokaki Instagram:@kyoto_monokaki
●撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)











