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京都の夏をいろどる風物詩と言えば、「五山の送り火」。毎年8月16日に行われるお盆の行事として、地元の人に親しまれています。京都を囲む5つの山に、それぞれ「大文字」「左大文字」「船形」「鳥居形」「妙・法」の形になるよう点火し、ご先祖様の精霊「お精霊(おしょらい)さん」を再びあの世へお送りするという意味を持つ習わしですが、近年は国内外から多くの人が「五山の送り火」を見に訪れます。

京都は世界を代表する観光地のひとつですが、その文化や習わしには、世代を超えて受け継がれてきた大切なものがあります。五山の送り火という習わしに込められた意味を、女将・西村明美さんにお聞きしました。

【京の花 歳時記】では、季節の花と和食、京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていきます。第29回は、京都の市街地の中心部に宿を構える老舗旅館『柊家』の花と宿をご紹介します。

葉月の出迎えの花

柊家の門をくぐり、打ち水が涼しさを感じさせる石畳の玄関に入ると、見事な蓮(はす)が出迎えてくれました。

「蓮の花は朝に咲いて、夜には閉じます。花の寿命は短く、3日ほどで散ってしまう儚さと清らかな姿は人の心を惹きつけます。そして、蓮は花の中央に花開いたときには中心にすでに種を宿しているので、命をつなぐ思いを象徴する花でもあります。

葉と実も風情があるので、それぞれの蓮の美しさを楽しんでいただけるよう、玄関に据えました」と、『柊家』長女の西村 舞さんが教えてくれました。

待合に飾られていたのは、クガイソウ(九蓋草)とタイマツソウ(松明草)、アブラドウダンツツジ(油灯台躑躅)です。

「花穂の先の曲がりが可愛らしく、葉の姿も特徴的なクガイソウ。アブラドウダンツツジは、細くてしなやかな枝を持ち、葉の表面は油をぬったように艶やか。全体的にやわらかい雰囲気の植物です。また、タイマツソウは、鮮やかな赤い花が盛り上がるように咲き、苞(ほう)も赤く色づきます。暑さに負けることなく、力強く咲く姿がとても愛らしく、たいまつを連想させる五山の送り火にちなんだ取り合わせにしました」と舞さん。

また、フロント横に飾られた黄色のクサレダマ(草連玉)、クサボタン(草牡丹)の可憐さに、思わず足が止まります。花たちを生けているガラスの花瓶は、氷のように透き通って涼しげな姿に惹かれ、女将が見つけたもの。

「花との取り合わせで、さまざまに涼しさを演出できるので、活けるのを楽しんでいます」と舞さん。

伝統工芸と坪庭が涼やかな、52号室

今回ご紹介いただく部屋は、新館にある52号室です。

中川清司(きよつぐ)作の床板がある部屋は、すっきりとした印象。次の間には坪庭があり、沙羅の木がのびやかに佇みます。

「秋田の鳥海山の神代杉を使った作品です。長いお付き合いのある中川さんが人間国宝になられたことをきっかけに、この部屋の床板を作っていただきました。一枚ずつの四方の年輪の柾目(まさめ)が綺麗に合わされ、出来上がるまでに一年半の時が費やされました。

作品の美しさとともに、匠の技と中川さんの優しいお人柄をぜひ感じていただきたいと思っています」と女将。

洗練された和と美を感じさせる坪庭は、借景のない小さな空間ですが、ひとたび光が差し込むと、さまざまな表情を見せてくれます。木や葉が作り出す影、風に揺れる沙羅の木を見ていると、涼しさが増すのを感じます。

「沙羅の木には椿に似た白い花が咲きますが、一日花なので可憐に咲く花に出会うのは、なかなか難しいかもしれません。その時期、その時、一期一会でご覧いただけたらいいなと思っています」と舞さん。

光と建物、緑が織りなす一瞬の美を堪能できるのは、坪庭ならではの楽しみ方と言えるでしょう。坪庭は、余分なものがなく、研ぎ澄まされた空間。それでいて、癒しを感じさせるため、坪庭のそばに座り、黙って眺めるだけで、気持ちが和らぎます。

京の暮らしに欠かせない坪庭と、伝統木工芸が織りなす和の空間、そして変わらぬおもてなしの心が、より心地よさと涼しさを感じさせます。

書院机を彩るのは、信州から来た花たち

床の間横の書院机に生けられていたのは、竹籠に入ったオトメイヌゴマ(乙女犬胡麻)、タマアジサイ(玉紫陽花)でした。

「これらは、涼しい野山に咲いているもので、信州からお届けいただきました。真ん中のお花はタマアジサイ、横の紫のお花がオトメイヌゴマです。葉も愛らしいのですよ。暑い街中では出会えない花ですが、信州の方はまだ蕾の状態のようです。自生している姿を崩さないように飾ることを意識しています」と舞さん。

京都「五山の送り火」を深く知る

夏の夜空を静かに彩る送り火は、「大文字焼き」と呼ばれたりもしますが、正式名称は「五山の送り火」です。東山如意ヶ嶽(にょいがたけ)の「大文字」が一番最初に点火され、もっとも知られている送り火のため、誤解されたのかもしれません。

五山の送り火に込められた先人の思いや意味については、知らない人も多いでしょう。それらを知ることで、いつもとは違う五山の送り火を感じられるかもしれません。五山の送り火について、女将にお聞きしました。

「そもそも五山の送り火は、地域の人が、各家のお精霊さんを思っての行事です。亡くなられたご先祖さんを家にお迎えし、お盆の間一緒に過ごし、送り火とともにあの世へとお送りするというのが習わしです。花見をするように鑑賞するのではなく、それぞれの心に抱かれた思いを静かに感じながら、感謝と祈りの気持ちで送り火を見ます。

52号室に掛けられた、橋本関雪(かんせつ)の「大文字」の軸。

昔はご近所さんも一緒に、送り火を眺めるのが習慣でした。しかし、今は送り火を見る場所を確保するのに苦労します。柊家では、お一人お一人の気持ちを大切にしながら、送り火を見ていただける場所をご案内させていただくと同時に、五山の送り火を見ていただけるよう特別な手配のお手伝いもさせていただいております。

また、柊家には、大文字を表現したステンドグラスのあるお部屋もございます。館内にいながらも、五山の送り火の景色を味わっていただけたらと思います。

小川三知(おがわさんち)作のステンドグラス。

京都には神社仏閣などさまざまな場所に『祈りの場所』があります。亡くなった方への思いだけではなく人とつながり思いをともにして、心豊かに温かくなれる場所が点在していますから、それも知っていただきたいですね。それが根付いている京都の暮らしを体験していただきたいという思いで、外国の方にも、五山の送り火の意味をご案内しています。

元々仏教行事で始まりましたが、亡くなった方の冥福を祈り、心を寄せるのが本来の意味。そのことをお伝えすると、涙ぐまれた外国人の方もいらっしゃいました。その日は終日、亡くなった方に思いを馳せると言われたのが印象に残っています。

形や外観だけでなく心に響くような行事が、京都にはたくさんあります。単にお祭り的に参加するだけでなく、その行事の奥にあるものをしっかりと知り、感じていただきたいです。第二次世界大戦でも、京都はほとんど空襲を受けませんでした。コロナ後戻ってこられた外国の方にも、京都は美しい心に響く町だと言っていただきます。それは京都の町だからこそ、感じさせてくれるものなのかもしれません」

***

観光地として人気の京都ですが、その根底には、地域の人々が大切に受け継ぎ、守ってきたものが存在します。先人の知恵を活かし、先人の未来を見据えて守られてきたものがあるからこそ、京都に魅了される人が多いということを、まずは私たちが知らないといけないのかもしれません。

「柊家」

住所:京都市中京区麩屋町姉小路上ル中白山町
電話番号:075-221-1136
チェックイン:15時
チェックアウト:11時
https://www.hiiragiya.co.jp
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撮影/坂本大貴
構成/益田瑛己子(京都メディアライン HP:https://kyotomedialine.com Facebook
※本取材は2023年7月29日に行なったものです。

 


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