
サライ世代にもなると、血気盛んであった頃からすれば、角も取れて随分と丸くなったように思います。また、人生長く生きていれば、それなりに多くのことを学び、悟ることができたようにも感じます。
しかし、その一方で未だ多くを悟りきれていないことも自覚するものです。若い頃「もっと、勉強すればよかった」と後悔するのは、まだまだ、頭が柔軟な証拠。先人が残してくれた名言やことわざから、若かりし頃とは一味も二味も違った学びや悟りが得られるのではないでしょうか?
今回の座右の銘にしたい言葉は「一刻千金」(いっこくせんきん) です。
「一刻千金」の意味
「一刻千金」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「わずかな時間が千金にも相当するということ。楽しい時や貴重な時が過ぎやすいのを惜しんでいう語」とあります。「一刻」とは、昔の時間の単位で、現代の約30分(一説には2時間)を指しますが、ここでは「ほんのわずかな時間」と捉えてよいでしょう。
「時間はお金と同様に貴重なものだ」と説く「時は金なり」ということわざと、しばしば混同されます。しかし、「時は金なり」が、時間を効率的に使い、経済的な価値を生み出すことを奨励するニュアンスが強いのに対し、「一刻千金」は少し趣が異なります。
この言葉が持つ本当の魅力は、「何ものにも代えがたい、素晴らしいひととき」という、情緒的な価値を表現している点にあります。
「一刻千金」の由来
この言葉は、中国北宋時代の蘇軾が詠んだ詩「春夜」に由来します。
春宵一刻値千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈
【書き下し文】
春宵(しゅんしょう)一刻(いっこく)値(あたい)千金(せんきん)
花に清香(せいこう)有り 月に陰(かげ)有り
歌管(かかん)楼台(ろうだい) 声(こえ)細細(さいさい)
鞦韆(しゅうせん)院落(いんらく) 夜(よる)沈沈(ちんちん)
【現代語訳】
春の夜は、そのほんのひとときが千金にも値するほど素晴らしい。
夜に咲く花からは清らかな香りが漂い、月はおぼろにかすんでいる。
遠くの館からは、宴の歌や笛の音がかすかに聞こえてくる。
一方、ブランコのある中庭は、静寂に包まれ、夜が深く更けていく。
詩の冒頭で詠まれる「春宵一刻値千金」。これが「一刻千金」の語源です。 蘇軾が描いたのは、ビジネスの効率や生産性とは全く無縁の世界です。うららかな春の夜、花の香り、おぼろ月、遠くから聞こえる音楽、そして静寂。五感で味わうこの美しい情景そのものが、何よりも尊いのだと詠っています。

「一刻千金」を座右の銘としてスピーチするなら
「一刻千金」をスピーチで披露するときは、単に「時間を大事にしましょう」というだけでなく、自分自身の経験や人生観と結びつけると説得力が増します。以下に「一刻千金」を取り入れたスピーチの例をあげます。
時間を大切に生きる尊さを語るスピーチ例
私の座右の銘は「一刻千金」という言葉です。これは、わずかな時間でも千金の価値があるという意味で、中国の詩人、蘇軾の「春の夜の一刻は千金に値する」という詩から来ています。
40年以上働いてきた会社員生活を振り返ると、若い頃は常に次の目標、次の昇進、次のプロジェクトと、「次」ばかりを追いかけていました。しかし、60代になり、ふと気づいたのです。今日という日は二度と来ない、この瞬間は取り戻せないのだと。
孫と過ごす何気ない午後のひととき、妻とゆっくり飲むお茶の時間、早朝の散歩で感じる季節の移ろい。そんな日常の中にこそ、千金に値する宝物が溢れていることに気づかされました。
これからの人生は、スピードではなく深さを大切にしたいと思っています。一つひとつの出会いや経験を丁寧に味わい、今この瞬間を大切に生きていく。そんな生き方を、「一刻千金」という言葉は教えてくれています。
皆さんも、日々の忙しさの中で、ふと立ち止まって周りを見渡してみてください。きっと、千金に値する素晴らしい瞬間が、すぐそばにあることに気づかれるはずです。
最後に
この言葉は、私たちに「効率」や「成果」だけではない、別の価値基準があることを教えてくれます。現代社会は誰もが時間に追われ、心の余裕を失いがちです。そんな時代だからこそ、この「一刻千金」という言葉が持つ、ゆったりとした時間の流れ、情緒を大切にする心が、私たちの暮らしに潤いと深みを与えてくれるのではないでしょうか。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com











