文/鈴木拓也

少し前、いわゆる「ワーケーション」で、峻峰連なる屋久島に数か月滞在したときは、毎週この島の山々を登っていた。

そのときは、危うく捻挫になりかけたり、生まれて初めてヒルに血を吸われたりと、細かいトラブルに毎回見舞われ、知識・準備不足を痛感した。

中高年になれば、健康維持や体力作りという目的で、山を登る人も多いだろう。しかし、その山登りで、逆に健康を損なうこともある。

登山に詳しい医師であれば

登山ガイドの木元康晴さんも、登山で身体のトラブルをいくつも経験してきた1人。

下山しても痛みが引かないときは、病院で治療を受け、快癒することもあれば、なかなか解消しないこともあったという。

木元さんは、「医師が、登山に詳しい人であればアドバイスの内容は違ったのではないか? そして、もっと登山者に適した治療が受けられたのではないだろうか?」という疑問を出発点に、上梓したのが書籍『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』(山と溪谷社)だ。

本書は、登山者の治療経験が豊富な6人の医師への木元さんのインタビューをまとめたもの。内容は、下半身三大部位の悩み(膝、腰、足首)から、高山病、熱中症、心疾患、生活習慣病に至るまで幅広い。山好きであれば、読んで目からウロコの情報が詰まっている。そのいくつかを紹介しよう。

膝の痛みはストレッチで予防

普段はなんともないのに、山へ登ると膝が痛み始める。

これはどう考えるべきか?

基本的に、膝の痛みの原因は様々な可能性が考えられるという。例えば、短期間に何度も登山をしたときは、膝に過度の負荷がかかり、痛むことがある。これは、一時的に膝を使いすぎて起きたもので、急性期疾患のカテゴリーに入る。

どのような原因や痛みの程度であれ、第一のアドバイスは「早めに整形外科を受診すること」。病院に行かなくても「そのうち治るだろう」という楽観は禁物。もし、登山中に膝が痛み始めたら、応急処置として患部を冷やすことがすすめられている。

痛む膝では炎症が起きています。炎症は冷えると抑えられ、それに伴って痛みも軽減するので、冷やすのがいいでしょう。しかし、長い時間冷やし続けるのはよくありません。やり方は、約10分間冷やして40分くらい冷やすことをやめ、その後また約10分冷やしてから約40分冷やすのをやめる、ということを繰り返しましょう。(本書より)

とはいえ、炎症は、ダメージを受けた組織を治すプロセスとして起きていること。下山したら、(痛みや腫れがひどくなければ)その部位を温めて血流を促した方が治りは早まる。そして、帰宅後しばらくしても腫れや痛みが引かないようであれば、早めに整形外科を受診する。

次回の登山で、同じような症状が出るのを防ぐことはできるだろうか?

1つの方法として、股関節の周囲のストレッチがすすめられている。これは、膝の周りの筋肉は股関節に繋がっているため。特に大腿部の後ろにある筋肉群のハムストリングの柔軟性を高めることで、膝の痛みが防げるという。

本書には、2種類のストレッチが掲載されている。そのうちの「立った姿勢で行なうストレッチ」は、登山の休憩時でもできる(下の写真参照)。おおよそ骨盤の高さに足を置き、大腿の後ろ面の伸びを感じることがポイントになる。

捻挫はRICE療法で応急処置

足首のトラブル、特に靭帯が損傷する捻挫は、登山時に起こりやすいものとしてよく知られる。
周囲に医療機関など望むべくもない山中で捻挫を起こしたら、RICE療法で応急処置をする。RICEとは、「休むこと(Rest)」「固定すること(Immobilization)」「冷やすこと(Cool)」「高く上げること(Elevation)」を意味するが、具体的には次の要領で手当てをする。

まずは落石などの危険がない安定した場所に移動して、捻挫した足をザックの上に置くなどして高く上げて、アイシングをしましょう。山では濡らしたタオルにコールドスプレーを吹き付けて冷やす方法が手軽です。その場合はしもやけを予防するために、20分ほど冷やしたら1時間くらい間を空けてまた20分ほど冷やします。(本書より)

そうやって1時間半から2時間ほど休んだら、テーピングで足首を固定し、トレッキングポールを用いて下山する。症状が重く、日のあるうちに下山できない恐れがあれば、救助要請を考慮する。

捻挫についても、日常的なストレッチ運動によって、起きにくくすることが可能だ。これは、足首周辺の関節の可動域を広げることが主眼となり、やり方はいくつかある。例えば、「膝を曲げて、つま先を地面につけた正座のような姿勢をとり、足の親指に体重をかけ、スネの前と一緒に20秒程度伸ばす」といったストレッチ法が紹介されている。

低体温症予防は糖類摂取が有効

気温が低下していくこれからの季節、登山にあたって注意したいのが、低体温症のリスク。雪山でなくても、雨露に濡れたまま風に当たって体温が一気に下がり、低体温症になることもあるので注意が必要だ。

これを防ぐための基本は、体を冷やさないこと。外部環境に応じたウエアの着用はもちろんのこと、十分なカロリーを摂取して体の中から熱を作ることも有効。最適なのは、体内に入ると素早くエネルギーになる糖類。「チョコレートやあんこ類、羊かんなどの甘いもの」といった馴染み深いお菓子でOK。飲み物であれば温かいココアが推奨されている。さらに、お菓子やナッツを混ぜた「トレイルミックス」は、長い時間にわたり体温を維持しやすいというメリットがあるが、こちらは緊急時でなく行動食と考える。

ちなみに、体を温めると言えば、もっとダイレクトなものとして携帯カイロが思いつくが、意外と熱量は乏しく低体温症の予防は期待できないそうだ。

いったん低体温症にかかれば、脳の機能は低下して判断力が落ち、適切な対処が行えず、行動不能という最悪の事態になりかねない。低体温症は、ウエアと飲食物の両面からしっかり予防するようにしたい。

【今日の健康に良い1冊】
『山岳ドクターがアドバイス 登山のダメージ&体のトラブル解決法』


木元康晴編、小林哲士、柴田俊一、千島康稔、杉田礼典、小阪健一郎、市川智英監修
山と溪谷社

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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