「馬揃え」という言葉は、現代ではあまり耳にしませんが、戦国時代には武家の力と威勢を示す大切な行事でした。
軍馬を集め、その姿や調練ぶりを披露する馬揃えは、単なる見世物ではありません。兵の士気を高め、ときには人々に権力の大きさを印象づける、政治的な意味も持っていました。
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の時代を理解する上でも、知っておきたい言葉の一つです。

「馬揃え」とは何か?
まずは、読み方から確認しましょう。
「馬揃え」の読み方は……
「うまぞろえ」です。
馬揃えとは、軍馬を集め、その優劣や調練の状況を検分することです。
武家社会では、いい馬を育て、戦に備えて騎馬の統制を整えることが重要でした。そのため平時に馬を集め、装いを整えた武士たちが騎乗し、隊列や動きを披露する場が設けられました。
こうした行事は、軍事訓練の確認であると同時に、士気を鼓舞し、威勢を示すための場でもあったのです。特に戦国時代には、大名が家臣団を率いて行う馬揃えが、実戦の準備だけでなく、領内外への示威という意味も帯びていきます。
「馬揃え」の代表例
馬揃えで特に有名なのが、天正9年(1581)に京都で行われた織田信長の馬揃えでしょう。

『多聞院日記』には、「今日於京都馬揃在之云々。諸国見物衆数多上」とあり、諸国から見物人が数多く集まったことが記されています。『信長公記』にも、明智光秀に命じて準備させ、諸将に結構を尽くして出るよう触れたことが見えます。
この馬揃えは、信長の権勢を京都の人々に示す一大行事であるとともに、朝廷への威圧も意図していたといわれています。華やかな装束と整然たる行列は、信長が畿内の覇者となったことを強く印象づけたはずです。
宣教師も目にした信長の威勢
キリスト教宣教師たちも、信長のこうした行事に関心を寄せていました。資料によれば、信長は巡察師ヴァリニャーノを馬揃えにも招いたとされます。西洋の目にも、信長の馬揃えは、軍事力と威厳をあわせて示す特別な催しとして映ったのでしょう。
豊国社祭礼の馬揃え
豊臣秀吉の没後、秀吉を祀る豊国社では盛大な祭礼が営まれました。中でも慶長9年(1604)の秀吉七回忌祭礼では、馬揃えが大きな見せ場となっています。

記録によれば、諸大名が提供した200騎が、金銀や黒装束で美々しく飾られ、神官や楽人が騎乗して建仁寺門前から豊国社へ、さらに照高院殿前まで行進しました。見物人は非常に多く、五条から三条橋付近に至るまで群衆で埋まったといいます。
これは戦場の訓練というより、秀吉の威光を祭礼の中で再現する行事だったといえるでしょう。死後なお、秀吉がどれほど大きな存在として記憶されていたかが伝わります。
最後に
信長の京都馬揃えは、畿内の覇者としての威勢を示すものでした。一方、秀吉没後の豊国社祭礼の馬揃えは、なお残る豊臣家の権威を印象づける華やかな行事だったといえます。
戦国時代は戦うだけでなく、「どう見せるか」もまた大切な時代でした。馬揃えという言葉の背景を知ると、大河ドラマ『豊臣兄弟!』に描かれる権力の空気も、いっそう鮮やかに感じられるはずです。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
●取材・執筆/末原美裕

1300年の歴史を持つ京都に住むようになって早くも10年以上が経つ。「戦国武将の生き字引」を目指し、実際に武将たちのゆかりの地を訪ね歩きながら「日本史人物伝」「日本史事件録」などの記事を執筆している歴女。歴史好きが高じて『京都学問所紀要 鴨長明の世界』『京都学問所紀要 方丈記』(ともに賀茂御祖神社京都学問所)の書籍を編集。京都の奥深い歴史と文化を日々探究中。
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引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『世界大百科事典』(平凡社)
『国史大辞典』(吉川弘文館)
『デジタル大辞泉』(小学館)
『日本国語大辞典』(小学館)
『新カトリック大事典』(研究社)
『戦国時代用語辞典』(学研)











