「女性はこうしたものだ。男性はこうあるべきだ」という無意識の思い込みに気づく
「男の料理」という言い方に触れることがすっかり少なくなりました。
中高年の男性が高価な素材と高価な道具を使ってちょっと濃いめの豪勢な料理を作る――。かつて流行った「男の料理」は、そんなイメージだったでしょうか。中高年の男性をターゲットにした雑誌にも特集が頻繁に掲載されました。
しかしいま、そうした記事はあまり見かけません。ある新聞社のカルチャーセンターでは、かつて開催していた「男の料理教室」を5年前にやめてしまいました。「『男の料理』は男が偉そうに振る舞うときにだけの非日常のもの。女は料理を毎日作ってるのに」「もっと日常に役立つ内容にしてほしい」。そうした批判が寄せられるようになった、とセンター事務局の担当者はいいます。
料理をする男性がことさらほめられるようなことは少なくなりましたが、「女性は家事(家庭)、男性は仕事(社会)」といった考え方や「女性はこうしたものだ。男性はこうあるべきだ」という無意識の思い込みは、まだあるのではないでしょうか。
普段は眠っていますが、ふとしたことで目を覚ます。そんな意識です。例えば「内助の功」という言葉。男性が業績を上げると、妻の支えが語られがちです。しかし、それは誰のどんな目線でしょうか。「陰で支えた奥さんのおかげですね」といった趣旨で条件反射に声をかけるのはちょっと待ってください。
夫婦の形は様々です。妻側は支えたつもりがないかもしれません。あるいは、自分の仕事があったのに夫のために犠牲にしたかもしれません。逆に、妻が功績を上げた時、夫に「内助の功ですね」とは言いません。そう考えた時、褒め言葉のつもりが、「妻が夫を支えるのが当然でしょ」という固定観念の押し付けにもなり得ます。
知らず知らずのうちに、「男性が上、女性が下」の感覚が顔をのぞかせる事例を見かけることもあります。新聞や雑誌、ウェブ上には、Q&A式の記事があります。分かりやすく、複雑な問題をかみくだく方法として使われていますが、若い女性が聞き役で年長男性が教える役に固定化されていないか、という目で一度見てみてください。問題点は、質問者がいつも若い女性だということ。「女性には政治や経済の話は難しいだろう」という偏見が透けて見えるからです。ニュース番組にもありがちです。
「マンスプレイニング」という言葉があります。男性(マン)が上から目線で女性に説明(エクスプレイン)や説教をする行為のことです。ツイッターなどウェブ上で目立つのですが、激しくなると誹謗中傷につながり、国際的な課題にもなっています。
「女性ドライバーの皆様へ質問です。やっぱり、車の運転って苦手ですか?」
トヨタ自動車が2019年に公式アカウントでこんなツイートをして批判を浴び、取り消したことがありました。「やっぱり」という部分が特に女性蔑視だと反発を招きました。女性は運転が下手で苦手に思っているに違いない、という担当者の思い込みが表れたのでしょう。
こうした無意識の偏見や差別の拡散は「マイクロアグレッション」と呼ばれ、近年、問題になっています。マイクロアグレッションは、発する側に明白な悪気や差別する意図が必ずしもないことです。そうした気持ちが明示的になくても、現代社会の差別的な構造を追認し、人を苦しめることにつながっているのです。
車に関していえば、安全性に関するテストで用いられる人形や設計の指標が男性の体のため、女性が事故に遭うと男性より傷害の程度がより重くなる、という調査があるそうです。無意識の男性優位がこのような形で表れているとしたら、より深刻な話です。マイクロアグレッションは、発している側(主に男性)をも苦しめているのかもしれません。
一歩立ち止まって、自らのマイクロアグレッションに目を凝らして見ると、「◯◯らしさ」から距離を置くことができ、ずいぶんと楽になれるかもしれません。
こうした事例を集め、その社会的背景を解説したのが、新刊『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』です。新聞を中心としたメディアで取材や記事を書いている現役の記者たちがまとめました。
さまざまな無意識の差別を拡散し、人びとをがんじがらめにしているのは、当のメディアで働く人間ではないか、と一部の人たちは気づき始めています。いかにも古くさい考えとそれに基づく表現は、いまもメディアの随所に見られます。しかし、ステレオタイプな表現を疑ってみれば、男性だろうが女性だろうが、誰の生き方も多様であって、性別で規定されるのではなく一人一人がどんな形でもいいということが浮かんできます。
まずはこの本を通じて、気づくことから始めてみませんか。
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『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』
小学館