取材・文/渡辺陽(わたなべ・よう)

2019年4月、東京都の池袋で、当時87歳だった男性が11人を殺傷する交通事故を起こしたのを契機に、高齢者の免許返納制度に注目が集まりました。現在も運転免許返納を促すため、警察庁と各都道府県が連携して、各種特典が受けられるなど運転免許返納を後押しするサポート体制が用意されています。

一方で、公共交通機関が利用しにくい地域など、運転しなければ生活が成り立たない人にまで、高齢だけを理由に免許返納を求めることの問題も指摘されています。

中でも国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センターでは、「運転寿命延伸プロジェクト」を立ち上げています。運転寿命とは高齢になっても運転できる状態でいられる期間のこと。つまり運転寿命延伸は、免許返納とは正反対の試みです。

なぜ運転寿命が問題になるのか。なぜ延伸する必要があるのか。センターの予防老年学研究部副部長 土井剛彦さんに聞きました。

社会との繋がりがある人は認知症やフレイルになりにくい

――運転寿命の延伸を図るという発想が意外で興味を持ちました。一方では免許返納を促す動きもある中で、高齢になっても運転してもらうことの意義を伺っていきたいのですが、運転をやめることで、どのような弊害があるのでしょうか。

土井剛彦(以下、土井)「運転をやめてしまうと社会との繋がりが運転を続けている時に比べて減ってしまいます。社会との繋がりが多い人と少ない人を比べると、繋がりが多い人の方が、認知症や要介護状態になりにくいかもしれないことが分かっています。車を運転して外出する場合、外出先で何らかの用事やイベントを伴うことが多いので、社会や人との繋がりが生じると考えられます。その繋がりを保つために運転というのはかなり強力なツールになるので、安全に運転ができる場合には適切な時期まで免許を持ち続けて欲しいのです」

――よくわかりました。ただ、「安全に運転ができる場合には」とおっしゃるとおり、運転をやめざるを得ない人もいるわけですね。そういう人は社会との繋がりをどのように持てばいいと思われますか。

土井「例えば、コンビニ企業などが移動販売をして、車が無くても、インターネットに堪能でない高齢者でも買い物ができるようなサービスの提供事例があります。一方で、都市部から離れている場所で生活している人と都会に住んでいる人が同じようなサービスを受けられるようにインフラを整備し続けることが持続可能かと考えると、今後の検討課題の一つであると考えています」

運転寿命を延伸して活動範囲や量を確保する

――社会との繋がりが一番に出てきたのが意外でした。医療との関係もお聞きしたいのですが、社会との繋がりに加え、身体面で運転を続ける意義はあるのでしょうか。たとえば活動量を維持するという意味でも運転を続けた方がいいのでしょうか。

土井「生活の中で活動を増やすことが、認知症やフレイルの予防につながると考えられています。運動教室に通ったり、介護予防のための通いの場に通ったりしていただくなど、活動量を増やすための様々な手段がありますが、なるべく多くの手段を選んで活動量を増やすのが望ましいです。運転技能に問題がなければ運転を続けてもらうことで生活範囲が維持され、活動の選択肢の幅も維持できるとされています」

――運転を続けることで活動範囲が広くなるだけでなく、活動量も増えるのですか。

土井「運転を続けている人は、外出手段のハードルが低く、活動の範囲が広く、外出の頻度も高いとされています。活動の範囲が広いと活動量も多くなります。単に運転して外出するだけでなく、活動を伴う用事やイベントの数が多くなるからだと思います」

――活動範囲や量が増えると筋力の衰えを防げるのでフレイルの予防にもなりそうですね。

土井「活動が保てている人はフレイルのリスクが低いとされており、運転している人の方がフレイルの割合が低かったりします。ただし、この要因としては、運転を続けることで活動が維持できて身体機能を維持しやすいという側面と身体機能の低下によりフレイルになると運転が難しくなってくるという側面があります」

――機能低下と運転をやめることのどちらが原因か結果かは区別しにくいということですね。しかしこれまでの議論をふまえると、運転をやめた人には社会面と身体面の両方でケアが必要ということになりそうです。免許を返納したり、免許の更新ができなかったりして、運転をやめてしまった人は、運転していた時と比べてどうなるのでしょうか。

土井「現状では、運転をやめると健康状態が悪化する方が多いです。車の運転に代わる手段として、都市部なんかだと、例えば公共交通機関が充足していますが、代替手段が充足していない地域は多くあります。車の運転に代わる手段が十分にないと、外出する機会が非常に少なくなってしまいます。代替手段の整備がどこまで、どれくらいできるのかということは大きな課題です」

運転免許返納を急ぐ前に

――運転免許を返納すると代替手段が少ないというのは深刻な問題ですね。すぐには解決できそうにありません。運転技能が落ちてきた人の支援として現時点ではどのような試みがあるのか教えてください。

土井「移動手段として車の運転の代替え手段が十分にあれば、運転をやめても活動の変化は生じにくいと思いますが、実際には難しい状況です。高齢化が進み、家族の協力を得られにくいケースも多く、家族がいても協力を得にくいこともしばしばで、家族に頼むのを遠慮してしまう方は結構いらっしゃるようです。愛知県大府市では私たちのセンターと連携して、高齢者に、自動車教習所での運転技能講習を受講することに対して補助する制度を実施しています。受講することで、自身の運転へのきづきや再学習により運転技能を向上していただくという事です。受講にかかる費用の約半分を、市が補助しています。参加者には非常に好評です。若い人も含めて、安全運転のための学び直しの機会は必要だと考えています」

――他に考えられる対策はありますか。

土井「運転を続けていた人がいきなり運転できなくなると、ギャップが大きく、心身の機能がガクンと落ちてしまう可能性があります。それを防ぐために、中間の受け皿として限定免許などの制度の導入は、選択肢の一つかもしれません。例えば、サポートカーで、居住地域の指定範囲内だけ運転可能にするなどです。ただ、交通量にも依存する話なので、今後検討される課題だと思っています」

――いろいろな面から高齢者の運転継続を支援できることがわかってきました。最後の質問ですが、運転寿命を延伸しても、いつか限界は来ると思います。運転免許返納の適切なタイミングはどのように考えたらいいのでしょうか。

土井「安全に運転できる人が、何年も早く繰り上げて運転をやめることは、必ずしも必要なことではないと思っています。これも検討課題の一つですが、運転の継続の可否については、運転技能検査の評価に基づいて考えられるようになるとよいのではと考えています。運転技能検査は2022年5月13日から75歳以上の高齢者で、一定の違反があった人に対して必要に応じて実施されます。認知機能だけでなく、運転技能そのものの評価によって、運転継続の可否を判断するというものです。もちろん、更新できなかった人への、何らかの代替え手段の充足も併せて考えていく必要があります」

運転は高齢者だけでなく、私たちドライバーみなにとって社会生活と身体機能の両方を維持することに関わっている。そう気付かされるインタビューでした。

行政においても運転免許返納と運転技能検査を組み合わせることで運転技能に問題がない人の選択肢を残す試みがなされています。

これからの社会では、土井さんが指摘されたように、運転の代替手段となるしくみづくりが課題になってくるのかもしれません。親族などで免許返納を考えている人がいらっしゃったら、その人の生活を車なしでどう支えればいいのか考えてみるいい機会かもしれません。


土井剛彦 国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター 予防老年学研究部副部長
地域リハビリテーションに従事し、平成24年国立大学法人神戸大学大学院博士課程を修了(保健学)。平成22年より国立長寿医療研究センターに所属。平成27年にはAlbert Einstein College of Medicineで外来研究員として研究活動を行い、現在に至る。第49回日本理学療法学術大会優秀賞、Geriatrics & Gerontology International「優秀論文賞(2015年度)」など多数受賞。


取材・文/渡辺陽(わたなべ・よう)
大阪芸術大学文芸学科卒業。「難しいことを分かりやすく」伝える医療ライター。医学ジャーナリスト協会会員。小学館サライ.jp、文春オンライン、朝日新聞社telling、Sippo、神戸新聞デイリースポーツなどで執筆。

 

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