文・写真/中野千恵子(海外書き人クラブ / インドネシア・ジャカルタ在住ライター)
インドネシア・ジャワ島には伝統音楽ジャワガムランがある。ジャワ伝統文化のメッカ、ジョグジャカルタやスラカルタを中心に演奏が行われている他、欧米やアジア、日本などインドネシア国外にも多数のグループがあり、演奏活動を行っている。世界中の人々の心を捉えて離さないガムランの魅力とは何なのだろうか。
ジャワガムランのルーツは、紀元前にジャワに伝わったベトナムの青銅文化・ドンソン文化で、ジャワの代々の王朝の庇護を受けながら花開き、現在に至っている。使用する楽器は約15種類。サロン(鉄琴)やゴング(銅羅)などの青銅製打楽器群に加え、クンダン(両面太鼓)、ルバブ(二弦楽器)、ガンバン(木琴)など青銅以外の素材でできた楽器があり、オーケストラ形式で演奏される。ほとんどの場合、演奏時にはボーカルも加わる。
ガムランは伝統音楽であるが、日本の雅楽とは違い演奏者の層が厚く、プロからアマチュア、子どもまで、幅広く演奏を行っている。最もクラシックな演奏をしているのはジョグジャカルタの王宮専属の楽団で、スカテン(注)などの王室行事やスルタン(王)の月誕生日などに演奏を実施している。その様子は、YouTubeのKraton Jogjaチャンネル(https://www.youtube.com/channel/UC5wZkx9IzjiH7KYPsv3VDUQ)で視聴可能だ。王宮以外の一般で演奏されているものは、ジャワ舞踊やワヤンクリット(影絵芝居)公演、披露宴などの他、ホテルや空港のロビーでも聴くことができる。
さて、そんなジャワガムランの魅力についてだが、筆者自身、ジャワガムランに惹かれたことがきっかけで長くインドネシアに暮らしている。筆者が考えるガムランの魅力は大きく2つある。
1つ目は、美しくも妖しい音色だ。ガムランの音階は、スレンドロ音階とペロッグ音階の2種類があり、ドレミ音階とは異なるその音色はエキゾチックさ満点である。さらに、ガムランの音からはα(アルファ)波が発生しているとされ、聴いているとリラックスした気分になり、眠たくなることもあれば、良いアイデアが浮かぶこともある。癒され過ぎて魂がどこかに持っていかれるような不思議な感覚になることさえある。
ジャワガムランのもう1つの魅力は、演奏において調和を重んじている点だ。これは、人と人の和を大切にするジャワ人の人生観や文化を反映している表れで、約15種類の楽器は難易度こそ異なれ優劣はなく、演奏中にどれかひとつの楽器だけが目立っているということがない。演奏は互いの音を引き立て合いながら、時に激しく、時に優雅に進む。1回の演奏に30分前後かかることもあるが、指揮者の役割を果たすクンダンのリードのもと、息の合った見事な演奏が繰り広げられる。この、人と人の助け合いや調和の感覚がガムランの普遍的な魅力となり、世界の人々の心を魅了しているのだろう。
ところで、ジャワガムランは人類だけでなく、宇宙の彼方の知的生命体の心にも届くかもしれない。1977年、アメリカ航空宇宙局(NASA)が太陽系の外惑星及び太陽系外の探査目的で打ち上げた探査機ボイジャー1号・2号には、地球で録音、撮影されたデータを記録したゴールデンレコードが搭載されている。地球外の知的生命体に向けて制作されたこのレコードには世界各地からの約30の楽曲も収められており、その中に、「プスポワルノ」というガムラン曲も収録されているのだ。「色とりどりの花々」という意味のタイトルを持つこの曲は5分弱の短めの曲で、甘くゆったりとした旋律が特徴だ。
将来、この曲を聞いた宇宙の知的生命体と人類がアンサンブルする可能性はゼロではない。ガムランの魅力が宇宙にまで広がるかもしれないと思うと、本当にワクワクする。
注:スカテンとは、イスラムの預言者ムハンマドの生誕を祝う王室行事。16世紀から続いており、1週間かけて行われる儀式ではスカテン専用のガムラン楽器で演奏が行われる。
文・写真 / 中野千恵子(インドネシア・ジャカルタ在住ライター) 2002年よりインドネシア・ジャカルタ在住。在留邦人向け月刊誌「さらさ」編集長としてインドネシアの食、文化、観光などについて発信中。ジャワの伝統音楽ガムランにも精通。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。