文・写真/中野千恵子(海外書き人クラブ / インドネシア・ジャカルタ在住ライター)

インドネシアが誇るユネスコ世界文化遺産のプランバナン遺跡寺院群(https://borobudurpark.com/temple/prambanan/)は、首都ジャカルタと同じジャワ島にあり、敷地のほぼ中央にジョグジャカルタ特別州と中部ジャワ州の州境がある。ジャカルタからは国内線で約1時間で行くことができ、国内外から大勢の観光客が訪れている。

そして、そのプランバナンの約3km南、ジョグジャカルタ特別州にある標高200m弱の丘に立つのが、石造りの「ラトゥ・ボコ(Ratu Boko)遺跡」だ。敷地面積は、東京・日比谷公園とほぼ同じ16万平方m。プランバナンのようなメジャーさはないが、王宮と、仏教およびヒンドゥー教の宗教施設が一カ所に存在する遺跡として異彩を放っている。 碑文によると、8世紀のサイレンドラ王朝時代に、当初は宗教施設として建設され、その後、王宮の要素が加わったといわれる。

ラトゥ・ボコ遺跡の入口にある石門

だが、この謎めいた建造物は9世紀以降、長く歴史の表舞台から姿を消すことになる。地元では「高僧のパワーで建物ごと瞬時にどこかへ移動した」と伝えられている。ラトゥ・ボコが歴史に再登場したのは、オランダが調査を行った1790年のこと。さらに本格的な調査・発掘が開始されたは1938年で、現在までに、石門、王宮、貯水池、小祠堂(しょうしどう)、瞑想用洞窟、火葬用の寺院、その他建造物の一部、石像、ジャワの土器、中国の陶器などが見つかっている。なお、研究や発掘・修復作業は現在も継続中だ。

王宮として使用されたと考えられている建造物

ラトゥ・ボコの魅力の一つは、ミステリアスな宗教色が混在している点だ。仏教の僧侶が使用したとされる瞑想用洞窟や仏像、仏塔、ヒンドゥー教のバロンの彫刻やドゥルガ像など、2つの宗教に関連するものが同じ遺跡から出土している。ラトゥ・ボコが建てられた8世紀当時のジャワは、仏教とヒンドゥー教が共存していた。仏教王朝だったサイレンドラ王朝と、ヒンドゥー教を信奉していた古マタラム王朝は、同じ時期にジャワを支配していたが、婚姻により親戚関係にあったことからもわかるように、2つの宗教は敵対することなく存在していた。それを象徴するかのように、ラトゥ・ボコにも2つの宗教の痕跡が見られるのだ。

また、王宮遺跡の南東部には、小さな3つの祠堂がある。同様の建造物はジャワはもとより東南アジア諸国でも見つかっておらず、ヒンドゥー教との関連を指摘する学者はいるものの、使用目的ははっきりわかっていない。しかし、中央の小祠堂の前に水を貯める場所や水を引き込む溝があることから、水を使う何らかの儀式が行われたものと考えられている。

仏教僧が瞑想に使用した洞窟
仏教遺跡のボロブドゥール寺院の仏塔を彷彿とさせる遺跡も出土している
貯水池脇の門にはヒンドゥー教の彫刻が施されている
3つの小祠堂。どのように使われたかはわかっていない

宗教面以外にも謎がある。それは、円形や長方形の複数の貯水池だ。地元の人々の間では、王が側室と水遊びを楽しむために作ったといわれているが、はっきりしたことはわかっていない。貯水池のうち、ある一つの池の水はヒンドゥー教の聖水と考えられており、今でもヒンドゥー教の行事ではお清めの水として使われている。いずれにしても、小高い丘の上に貯水の仕組みを8世紀に作り上げたのは素晴らしい技術だ。

貯水池。近隣の人が生活用にも利用している

このようにラトゥ・ボコは、複数の異なる要素を一度に見ることができる見どころの多い遺跡だ。2009年に訪ねた時はまだ人気(ひとけ)が少ない荒涼とした雰囲気で、建造物のすぐ横で近隣の子ども達がサッカーをしたり、ヤギが草を食んだりしていた。しかしその後、遺跡を管理するジョグジャカルタ特別州が観光地として整備とプロモーションを行った結果、最近は写真映えする場所として、婚礼用写真撮影、ファッションショー、舞踏イベントの場としても活用されるようになった。また、遺跡入り口の石門が西向きに立っており、夕日が石門に向かって沈むように見えるため、これを撮影しようと、大勢の観光客が夕方の時間帯を狙って訪れ、にぎわっている。

ラトゥ・ボコの夕暮れ。西向きの門から壮大なサンセットが見られる

いつか、発掘や研究が進んで建立の目的が明らかになる日が来るのだろうか。全貌について知りたい反面、このままミステリアスな部分は残したままでいてほしい気もする。プランバナン寺院からシャトルバスも出ているので、観光の際はぜひセットで見学することをお勧めする。

ラトゥ・ボコ観光オフィシャルサイト
https://borobudurpark.com/en/temple/ratu-boko-2/

Ratu Boko
住所
Jl. Raya Piyungan – Prambanan No. 2, Gatak, Bokoharjo, Kec. Prambanan, Kabupaten Sleman, Daerah Istimewa Yogyakarta

文・写真 / 中野千恵子(インドネシア・ジャカルタ在住ライター) 2002年よりインドネシア・ジャカルタ在住。在留邦人向け月刊誌「さらさ」編集長としてインドネシアの食、文化、観光などについて発信中。ジャワの伝統音楽ガムランにも精通。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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