僕はシカゴと聞くと、禁酒法を取り締まる「アンタッチャブル」とブラスロックグループの「CHICAGO」とルート66の出発点の3つを思い出す。
エリオット・ネス隊長の大人のダンディズムに魅了され、ダブルのストライプの濃紺のスーツ(当時テレビドラマはモノクロだったが!)を極めて丸い弾倉の機関銃を撃ちまくる姿は最高だった。いまでも時々ロックバラード名曲「Hard to Say I’m Sorry」を口づさむ。シカゴのブラスの響きのあるロックサウンドには魅了された青春時代。最後はルート66の旅のスタート地点でのノスタルジー回想。ジョンスタインベックの映画「怒りの葡萄」ではないけど西海岸への夢の旅なんだ。ここから出発するという気合が入る場所だ。
僕が初めてシカゴの街に舞い降りたのは1978年の熱い夏の日だった。世界最初の超高層刑務所MCCの取材だった。
それから36年経った。シカゴオヘア空港から乗ったタクシードライバーにその話をしたら、先月そこから初めて囚人が脱走したと聞いた。あの高層ビルの細長い窓から、どうして出られたんだろう。