文/印南敦史

科学者が語る人生論|『138億年の人生論』
『138億年の人生論』(松井孝典 著、飛鳥新社)の著者は、「惑星科学」という分野を専門とする科学者。

その世界に飛び込んだきっかけは、学生時代にアポロ計画による月の探査に心酔したことだったという。そう聞いただけで共感できる方は、決して少なくないだろう。

いずれにしても、以後も好奇心にまかせて探求を続けるうち、「138億年前に宇宙が誕生してから現代にいたるまでの森羅万象」を研究範囲とするようになったのだというのだから、「好きこそ物の上手なれ」を地で行くような話である。

 さて、長年こうした知的研究を続けてきたなかで、気づいたことがあります。科学者としての私の研究は、私の「生き方」にも大きな恵みをもたらしてくれている、と。
どういうことかと言うと、人生でどんなトラブルが起きても、私はクヨクヨすることがほぼなくなったのです。人生がとてもスッキリしているのです。
私は現在72歳ですから、もちろん肉体的には老いに向かっています。それなりに持病もかかえていますし、胃がんをわずらい、死を覚悟したこともあります。また、過去には科学者としての挫折も経験しています。
それにもかかわらず、歳を重ねるごとに、私の研究活動はますます充実したものになり、人生はますます見晴らしがよく、スッキリとしたものになっているのです。
これは生来の性格と言うより、科学者としての探求生活で培った「宇宙スケールの視座」によるところが大きいと、私は考えます。(本書「まえがき」より引用)

本書は、科学者としておよそ半世紀を歩んできた著者が初めて著す「人生論」。具体的には、「人生」について著者が思索したことが、25の断章形式でまとめられている。

第5章「健康論」で明らかにしている、歳をとることについての考え方を見てみよう。

著者は現在、知的にも肉体的にも老いを感じることはさほどないのだそうだ。しかし興味深いのは、長年勤めた東京大学をあと1、2年で退官するというときのほうが、心も体も元気がなかったという事実である。

定年を迎えたら、どこかの私立大学で教えるだけの教授になって、あとは過去の仕事を整理したり、著作活動を続けたりしながら余生を送っていくのだろうと考えていたということ。

大学の定年を迎えるということは、研究の場を奪われるということである。したがって、手がけてきた研究をさらに深く展開していこうなどとは考えられなかったということ。

普通の会社員なら、嘱託として会社に残るような感覚だろうか。少なくともそれは、前向きな発想ではなさそうである。だからこそ現役生活の最後のころは、研究活動に向かう活力がなくなっていくのを実感したというのだ。

だが結果的には、東大の定年と同時に千葉工業大学から声がかかり、自由に研究を続けられることになった。そして「惑星探査研究センター」を立ち上げ、理学と工学にまたがる分野の研究をすることになる。

しかも自由が与えられ、自分が興味を覚えるものならなんでも研究していいということになっているというのだから、専門職としては理想的な環境であるといえよう。

本当にたまたまですが、もしそういう話がもちかけられていなければ、いまの私の元気さはなかったことでしょう。そうした経験から私は、やはり早く老いるかどうかの境目は、現役を続けているかどうかにあると確信しました。毎日、ワクワクしたり好奇心を働かせたりしていることで、脳が常に活性化しているのだと思います。(本書104~105ページより引用)

なお著者によると、研究にも体力が必要なのだそうだ。

集中してなにかを考えるにしても、執着心を持ち続けるにしても、資料をじっくり読み込むにしても、世界各地の地質や遺跡を調査するにしても、体力が不可欠だということ。

だから研究を行なっている以外の時間はなるべく運動するように心がけているそうで、具体的にはテニスをすることが多いのだとか。研究者には、ただ研究だけしていればいいというような印象があるが、実はそうでもなさそうなのである。

忙しくて月に1、2回しかテニスができないというような時期には、入浴時に鏡に映った自分の姿にゾッとすることがあるのだと明かしている。身体や脚の筋肉が、目に見えて細くなっているのがわかるというのだ。

意識的に鍛えないとすぐに衰えてしまうというわけで、それは老いのせいなのかもしれない。そこで、そんなときには外出時に目的地の駅の1つか2つ手前で降り、長めに歩くようにしているそうだ。

それでも不十分だと感じているとおっしゃるが、そうした心構えが大切であることは間違いないだろう。

たとえばこのように、「人生論」「幸福論」「仕事論」「人づきあい論」「健康論」「教養論」というテーマごとに著者の考え方がコンパクトにまとめられている。

どこからでも読むことができるので、興味を持ったところから読んでみるのもいいかもしれない。

『138億年の人生論』

松井孝典 著

飛鳥新社

定価:本体1000円+税

発行年2018年10月

『138億年の人生論』
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

 

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