「来月、妻を案内する予定です」

結局、1年間に4回香港への一人旅をした。すべて同じホテルに宿泊したという。

「彼から“また来てくださいましたね”という言葉も聞きたかったし、周辺の歴史を深掘りできたこともあります。かつて九龍城があって、イギリスが来たときはこんなやりとりがあって、今は家賃が高くて貧富の差が開いている……など。同じところを拠点にしていると、街の位置関係や雰囲気がわかるようになる。妻が好きそうなレストランや食堂、食器店をチェックできたので、来月、妻を誘おうと思っているんです」

哲人さんは、少なくとも香港の旅には慣れたと胸を張る。そして、「定年後に旅を趣味にしたいと思う人は、まず、“自分の街”を作ることから始めてもいいのではないか」と続けた。

「鉄道やお酒、美術や音楽など、これといった趣味を持たない僕のような人は同世代に多い。ただ、『深夜特急』(沢木耕太郎著)を知っているから、旅への憧れはある。年齢的にハードな旅は難しいからこそ、第二の故郷を作るような気持ちの旅もいいんじゃないかなと」

定年後の旅というと、有名観光地をあちこち巡るというスタイルを選ぶ人が多いが、哲人さんのような旅のスタイルもある。

「何度も行くと好きになり、SNSの香港が好きな人のコミュニティにも入りました。東京でガチな香港料理を楽しむ会に入り、そこで知り合った人から現地の美味しいお店とそこで食べるべき料理、現地のスーパーで買うべき乾麺や乾物、調理法まで教えてもらいました」

旅を通じて、受け身な性格も少しは変わったと感じているという。

「妻が絶対に好きな飲茶屋さんが山の上のほうにあり、どうしても事前の下見がしたいと思ったんです。そこに行くとルート提示されたバスがマイクロバスのような小型で、行けるかどうかわからなかった。本当にその目的地に行くかどうかを、道ゆく人に確認してもらったんです。ホテルでも、どうしても食べたい料理を提供する調理のコーナーに人がおらず、店の人を捕まえて、調理するようにお願いしたりね。昔はそんなことできませんでした」

会社員生活は、受け身に徹していればつつがなく過ごせるが、定年後はそうではない。

「誰も仕事も役割も、居場所も与えてくれませんから、自分で開拓するしかない。そんなことがわかっただけでも、一人旅に挑戦したのは良かった」

もう少し知識を深めたら、香港好きなコミュニティで知り合った、男女の友人と旅をするという。「70歳までに、女友達と旅をして、“友人のおかげで楽しい旅でした”と投稿するのが、目標」だという。今、哲人さんは、能動的に活動するスイッチが入っている。きっとその日は、もっと早く来るだろう。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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