どちらも歩み寄れないだけだった

それからも父は仁美さんに対して怒ることも何かを言うこともなかった。仁美さんのほうからも何もできなかったという。父親が家にいる時間は息を殺してただ静かに暮らしていた。そんな日々が3か月以上続いたが、仁美さんの部屋であるものを見つけたことが父親と仁美さんの関係を変化させていくきっかけとなる。

「出戻ってからは布団を敷いて子どもと一緒に寝ているのですが、部屋には私が学生の頃から使っていたベッドがそのまま残っていたんです。昼間に部屋で子どもと遊んでいたときにベッドの下に娘が潜り込んでしまって、そこを覗き込んだときに箱を見つけました。その中には、今の娘にはもう必要のない、新生児用の服やベビー用品がたくさん入っていました。

それは、父親が私の娘のために買ってくれたけれど渡せないままになっていたものたちでした」

その日の夜、仁美さんは初めて父親に手料理を振る舞い、仁美さんのほうから父親に話しかけたという。

「父が買ってくれたものに対してのお礼と、今受け入れてくれていることへのお礼を伝えました。自分勝手に家を飛び出し、勝手に結婚、出産、離婚したのに親に頼ってしまっていることを謝罪しようとしたら、それは『もういい』と父に静止されました。そのときに交わした言葉はそれだけです」

父親のいる休日は、仁美さんと娘は自室に籠ったり外出することがほとんどだったが、その日以降は父親のいる居間で過ごすようにした。顔を合わす機会が増えると、仁美さんの娘は父親を遊び相手と認識して懐くように。そこから父親が孫に対してデレデレになるのに時間はかからなかったという。

「今はもう娘も中学生で、おじいちゃんと遊ぶような年齢でもないんですが、娘のほうが『おじいちゃんと出かけてあげなくちゃ』って、面倒を見ているつもりになっているみたいです。娘と両親はとても仲良しで、私はその輪に入れてもらっている状態です。今が一番、家族全員が穏やかに暮らせているような気がします」

親は子どもに自分の理想を押しつけ、子どもは自分の考えを理解してほしいと期待する。それがかなわなかったときに関係は悪化してしまう。今の仁美さん家族の関係が良好なのは、家族であってもそれぞれの考えを持った別の人間であることを認められたから。お互いの違いを認め合えることこそ、良好な関係を築く方法なのだ。

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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