生きるには、まず水が必要。そしてブルーシートが配られた

会社は非常用の電源が通電しており、数人の社員と夜を明かした。

「家族がいる人にはすぐに帰ってもらいました。会社の照明はついていましたが、外は真っ暗だし、刺すような寒さでした。空を見ると、月が小さくて心細くなったことを覚えています。ラジオが震災の被害を伝え、駅前では明らかに記者と思しき人が、号外を配っていました。もらいに行くと、“宮城はマグニチュード7で、津波の被害が甚大”とあった」

康太さんの支社があったビルは、水道から水が出ていた。なくなる前に貯めておこうと、あらゆる容器に水を入れたという。

「キャンプの心得がある社員の指示で、ゴミ袋を二重にして段ボールに入れたものを作りました。そこにたくさん水を溜めていたから、トイレは不自由しなかった。鈴虫かなんかをもらったときのプラケースで水を汲み上げて流すんです。水を溜める作業は、ホースもなく、冷たかったけれど、何かしていないと不安に押しつぶされそうになる。電話は全く繋がらなかったけれど、SNSは繋がっていました。妻に無事を報告したいけれど、それができない。SNSをやっておけばよかったと強く思いました」

夜が開けると被害の状況がわかってくる。家族や親戚、友人が亡くなった社員もいた。

「僕が仙台勤務になったときの友人も、津波で行方不明になりました。呆然としてしまって、涙も出なかった。悲しみが深いと思考が止まってしまう。家が倒壊した社員もいた。電気、ガス、水道が壊滅的になった地区もありました。震災の翌日に途切れながらも携帯電話が通じ、妻の声を聞いたら涙が止まらなくなった。妻は“あなたの声を聞きたかった!!”と叫んでいる。でも、あの災害で愛する人を失い、声が聞けなくなった人が何万人もいる。強烈に“生かされているんだ”と痛感し、誰かのために行きたいと強烈に思ったのです」

仕事の業務整理をしながら、被災した社員を見舞った。

「2日目くらいから被災した住宅街に給水車が来て、皆寒い中並んでいる。お子さんがいる人や、お年寄りを皆がサポートしていて、その姿に涙が出た。避難所の生活の負担もあったのか、半壊した自宅に戻って生活している人もいました。災害になると、真っ先にブルーシートが配られるんですよ。社員が多く住むエリアは土砂崩れが激しかった。そこを見舞ったとき、水の備蓄を指示した社員が家の状況に応じて、ブルーシートを吊ったり、折り曲げたりして、寒さを凌ぐ空間を作った。あのとき、“こういう知識が必要なんだ”と強い衝撃を受けたんです」

その後、その社員は一斗缶で焚き火台を作成し届けていたという。

「中華料理店や飲食店からカラになった食用油の一斗缶をもらってきて、スクレイパー(金属へら)で上蓋を取って、底に穴を開けたものを作っていました。それを被災した家に持って行き、レンガとかブロックを置いた上に設置。新聞紙や古布を入れて、薪になるものを持ってきて、火を点火するんです」

一斗缶の加工作業は会社で行っていたという。康太さんが手伝おうとすると「効率よく燃える穴の開け方があるんです」と言われた。

「一斗缶の焚き火台の上に、さらに水を入れた缶を置けば湯を沸かせる。風呂に入れる状況じゃないので、この湯を使って体を拭くことができる。ものすごく感謝されていました」

康太さんは、東京で生まれ育ち、キャンプなどの経験は全くなかった。

「彼の姿を見て、僕は誰かの作ったものを消費だけして、生きてきたんだと思いました。彼のように人の役に立ちたいと、強烈に思ったのです」

【10月の異動で東京に戻ることに、皆が涙で送ってくれた……その2に続きます】

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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