文/鈴木拓也

うっかり忘れは容易に起こる

デスクワーク中に、「あれをしなきゃ」と思い出したが、席を立った瞬間に「あれ」は何だったか忘れてしまう……。

食べ物を取りに台所に入った瞬間、どの食べ物を取りに来たのか忘れてしまう……。

こうした、誰もが時々は経験するうっかり忘れ。これには理由があって、もともと頭の中でひらめいた用事は、「何かのジャマが入ると、わりとたやすく見失われやすい」ものなのだという。

そう説くのは、加藤プラチナクリニックの加藤俊徳院長。加藤院長は、著書『もの忘れしなくなる! 脳の使い方事典』(永岡書店)で、次のように解説を加えている。

脳という器官には、常に大小の情報が流入していて、時として感情を揺り動かすような強い刺激が入ってくることもあります。すると、より強い刺激のほうが優先されてしまい、それまでやろうとしていた考えがきれいに忘れられてしまうことが多いのです。(本書21pより)

脳は、それぞれ同じような機能を持つ神経細胞が寄り集まって、8系統の「脳番地」から構成されている。物事を深く考える「思考系脳番地」、喜怒哀楽を生み出す「感情系脳番地」などあり、脳番地ごとに互いに連携したり、切り替わったりする。席を立った瞬間、何をすべきか忘れてしまうのは、思考系脳番地から運動系脳番地へと、脳の働きがシフトしたのが原因。それが、「弱くてあいまいなタスク(やるべき作業)」だとなおさら忘れやすいと、加藤院長は記している。

こんなうっかり忘れは、たまになら心配ないが、頻繁に起きるようであれば注意が必要。脳が衰えている可能性があるからだ。

スマホ検索に頼り切ってはいけない

昔の友人とバッタリ会って談笑したが、その人の名前が出てこない……。

以前観た映画のタイトル、覚えているはずなのに思い出せない……。

これもよくある話だが、加藤院長によれば、誰しも歳を重ねるにつれ、「脳内の記憶の図書館」から固有名詞を取り出すのに時間がかかるようになるそう。これは、学習・経験の積み重ねで、脳内にストックされた記憶内容が膨大になり、引き出すが大変になってくるから。加齢によって、引き出す力自体が低下するというのもある。

これに拍車をかけるのが、なんでもスマホで検索する習慣。スマホをあたかも「外部記憶検索装置」のように頼り切ってしまうと、脳の記憶系脳番地が衰えてしまう。だから、「脳を使って思い出す姿勢が大切」だと、加藤院長はアドバイスする。

さらに、人の名前をしっかり覚えておく方法として挙げるのが「関連づけ」。

初対面の人でも“この人は以前お世話になったAさんに似てるな”と知り合いと関連づけてインプットすれば、その人の名前や顔が記憶により定着しやすくなります。(本書61pより)

また、1日10分の「暗記タイム」もすすめられている。学生時代と違って、何かを一所懸命に暗記する機会は減っているかもしれないが、「記憶系脳番地を活性化させるのにたいへん有効な作業」なのだそうだ。これは、通勤時間など生かして、草花や世界遺産の名称など、興味があるものを暗記していくだけでOK。

決まりきった生活は脳を衰えさせる

うっかり忘れとは別の問題として、加藤院長が本書で挙げるのが「二度買い」。

本や調味料など、以前買って家にあるのに、それを忘れて同じものを買ってしまう。何か月以上も前に買ったものを二度買いしたのであれば、さほど問題ではない。しかし、つい先日買ったものをまた買ってしまった、というのは「かなりマズい」そうだ。

マヨネーズが家に5本も10本もあるといったように、ひとり暮らしの高齢者宅に同じ日用品がたくさんあふれているような場合は、認知症を疑ったほうがいいでしょう。
本にしても、最近出たばかりの新刊が家に2冊も3冊もあるような場合はかなり要注意であり、到底笑って済ませられるようなことではありません。(本書99pより)

では、もっと若い世代の人が、大事な会議をすっかり忘れる、予定をダブルブッキングしてしまうのは?

加藤院長も、そうしたミスは何度かしているという。これは、「寝不足、ストレス、過労、二日酔い」といった要因が、ミスを誘発すると説明する。また、仕事を詰め込み過ぎて、スケジュールがびっしり埋まっているのも考えもの。その場合は、「余裕を持ったスケジューリング」を心がけることで予防できる。

さらに、公私ともに「いつもと同じパターン」な決まりきった生活をしていると、脳への刺激が減って、これも脳を衰えさせる原因になるという。それが、仕事でのミス増加につながる恐れもある。

処方箋として加藤院長がすすめるのが、スケジュールを別の人に決めてもらうというもの。家族や友人に休日の過ごし方を提案してもらい、それを実行に移す。意外な方法だが、新鮮な刺激を脳に送り込めるのは間違いない。

*  *  *

脳は、高齢になってからいきなり衰えるものではなく、中年期からじわじわと進んでいくそうだ。今回取り上げたような、軽微な記憶の不調であっても、それを放置する人、対策をとる人では、「ゆくゆく大きな差」が出ると加藤院長は述べる。「もの忘れが増えたかな……」と気になる方は、一読をすすめたい。

【今日の健康に良い1冊】
『もの忘れしなくなる! 脳の使い方事典』

加藤俊徳著
永岡書店

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

 

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