文/印南敦史
Netflixのドラマ『全裸監督』の大ヒットにより再評価を受けることになった村西とおる氏は、近作『全裸監督が答える不道徳で世界一まっとうな人生相談』(村西とおる 著、日刊現代)の冒頭で次のように述べている。
恥ずかしきことのみ多かりきの「エロ事師」の人生を歩んできましたが、またそれは他人様が味わうことのない艱難辛苦の旅路でもありました。そんな私はいつか「人生で解決できない問題など、何一つない。解決できないと悩んでいるのは、解決しようと本気で考えていないだけだ」との諦観を持つようになったのです。(本書「はじめに」より)
村西氏といえば、前科7犯で借金50億円、米国で370年の懲役を求刑された人物である。したがって、「生きていること自体が不思議に思えるほどの山あり谷ありの人生だった」といわれれば、「そりゃそうだろうなあ」と感じるしかない。しかし、だからこそ、ラッキーで幸福な人生を歩いてきたという実感があるという記述にも妙に納得させられるのである。
本書は、『日刊ゲンダイ』紙上で連載されたコラム「不道徳すぎる講座」を加筆、修正し編集したもの。編集者からの「不遇に生きている人への『人生の応援歌』を書いてみないか」との誘いを受けて生まれたものだという。
一見すると、「サライ」読者にとっては刺激が強すぎるように感じられるかもしれない。が、読み進めていけば、そうともいい切れないことに気づくだろう。第4章では独自の観点から、「老後の悩み」に答えているからだ。
たとえば、次のように。
Q 最近は体のあちこちが痛くていつまで働けるのか不安です。(中略)とくに腰痛がひどくて最近は立ち上がるのも苦痛です。70歳までまだ10年近くあります。収入は心配だけど、もっと働けと言われてもずっと働く自信は正直ありません。(60歳・会社員)
(本書161ページより)
この悩みを受けて、村西氏は自身の病気の体験を打ち明けている。ご存知の方もいらっしゃるだろうが、60歳を過ぎたころ“25万人に1人”の奇病にかかり、余命1週間の宣告を受けたのである。
医者いらずで元気だけが取り柄だったためショックを受けたと当時を振り返っているが、いまでは無事に健康を取り戻しているという。そのため、医学が進歩した現代社会にあっては、70代などはまだまだ「働き盛り」という実感があるそうだが、そんな元気の源として挙げているのが、92歳で逝った“印刷所のオヤジ”の存在だ。
大東亜戦争の折に中国大陸で八路軍と戦い、体に銃弾を5発受けても生還したことが自慢の、元帝国陸軍曹長。村西氏の裏本時代には勝手に本を水増しして横流しをするような“ファンキーなオヤジ”だったのだとか。
90歳を超えても頭脳明晰、肉体もいたって健康で、いさかいを起こすと2階からかつての軍刀を持ち出す「やんちゃ」なところも持ち合わせていました。夜、自宅に立ち寄り話に興じていると10歳年下の恋女房が風呂から上がる気配がしました。するとオヤジは急にソワソワし「帰るように」と促すのです。90歳を越しても夜の戦場ではいまだに現役の帝国陸軍の戦士だったのです。(本書162ページより)
実の父親のように慕っていただけに、そのオヤジが旅立ったときには心がちぎれそうになるほど落胆した。村西氏はそのことを認めながらも、“オヤジの残してくれた宝物”があったことを明らかにしている。
それは、人間は92歳までボケることなく壮健で働き続けられるということを示してくれたこと。そんな事実が、何十何百億円に匹敵する遺産になったというのだ。だからいまでも、少し衰えを感じて弱気になると、オヤジのことを思い出し、「あと20年」と奮闘努力しているのだそうだ。
あの世でオヤジに再会した際には「おまえもやるじゃないか」と頭をなでられたいのです。(本書163ページより)
そんな思いがあるからこそ、相談者に対しても「かなうなら、あなたさまにも生涯現役を目指しお励みいただきたく存じます。先に逝った知人や肉親に顔向けできるようにです」とメッセージを投げかけている。
「もう駄目だ」と考えれば、道は閉ざされます。「限界だ」と思ったら本当に絶望に落ちてしまうことになるのです。人生では自分の現実に耐えきれずおじけづいたら負け、破滅します。
確かに腰痛の苦しさは耐えがたきものでしょうが、ここで諦め、働くことを放棄すればもっと悲惨な人生をまねくことになるのです。(本書163ページより)
こう訴えかける村西氏は、人間はどんな苦しみでもいずれ慣れるタフさを持っているものだと指摘している。ともに92歳での大往生を目指し、過去を振り返らず、ただひたすらに前だけを見て歯を食いしばり、精進していこうとも。
「村西さんらしいなあ」と思わずにはいられないエピソードで笑わせながらも、ホロっとさせ、最後はきちんと“答え”に着地させるあたりはさすが。いずれにしてもそんな本書は、『全裸監督』のイメージとはまた違う村西とおる像を感じさせてくれることになるだろう。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。