
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第41回です。夫である甚兵衛(演・前原瑞樹)と哀しい別れを遂げたあさひ(演・倉沢杏菜)が、家康に嫁いで3カ月。明るい表情での登場で、なんだかほっとしました。夫婦の別れの場面には感動したのですが、明るいあさひの存在が癒しになっていたので、ちょっとしょんぼりしていただけに嬉しかったです。
編集者A(以下A):大河ドラマのオールドファン、特に1981年の『おんな太閤記』を視聴していた方々は、泉ピン子さんが演じたあさひの印象が強いのではないかと思います。泣く泣く副田甚兵衛(演・せんだみつお)と離縁し家康(演・フランキー堺)に嫁いだあさひは、「不幸」を体現したかのような沈鬱な表情で過ごすことが多かったですからね。
I:『豊臣兄弟!』であさひを演じる倉沢杏菜さんはまだ21歳。その可憐で明るいキャラクターにじわじわ、じわじわと惹き入れられて、私にとっては、その存在が本当に癒しになっていました。今後も楽しみでしょうがありません。私の中では、足跡を追いかけたくなる演者のひとりになっています。
A:倉沢杏菜さんは、2024年の『光る君へ』では藤原道長(演・柄本佑)の二女藤原妍子(劇中ではきよこ)を演じました。着実に演者としてのキャリアを重ねている印象です。
I:劇中では、ややコミカルに展開していますが、あさひの輿入れに続いて、秀吉(演・池松壮亮)らの実母なか=大政所(演・坂井真紀)まで実質「人質」として家康(演・松下洸平)サイドに送るという「異常事態」になっています。
A:秀吉らの時代よりちょっと前のことですが、関白近衛尚通の娘で足利家に嫁いで将軍義輝、義昭を生んだ慶寿院が、息子の義輝が攻められた際に討たれるという事件がありました。豊臣家の大政所は現職関白の実母。歴史上の衝撃的な事件といってもいいかと思います。
I:劇中では、秀吉と秀長(演・仲野太賀)ふたりしてなかのもとを訪ねました。団子や干し柿、カスドース(ポルトガルから伝来した菓子)と思われる皿もあるなど甘味がずらりとならんでいました。
A:あさひが演技とはいえ病床に伏している姿を見て、ふと思い出したことがあります。秀長が大和入りして以降、秀長や正室、母のなからが、ちょくちょく春日大社に寄進したりして、篤く保護しているんですよね。
I:豊臣家は信仰心が篤いということはこれまでにも当欄で伝えてきましたし、ドラマの中でもたびたびそういう描写がありましたよね。
A:春日大社に残る古記録には、なからが、あさひの病気平癒を願って寄進をしたことも記されています。
I:ドラマには描かれていない部分ではありますが、大和を治める秀長の家族として、春日大社を信奉していたことがよくわかる話ですね。あさひの病気平癒もそうですが、天下人の家族ともなると、もう神仏以外にすがるものがなくなってくるのかもしれません。
A:秀長の統治になってから、なかなか実現されずにいた春日大社の御造替を迅速に進めたりしています。御造替といえば、ですが、春日大社では、約1300年前の創建以来、20年に一度、社殿を新しくしてきたわけですが、その際には宝物も修理したり、ものによっては新調したりしてきました。神前御調度の制作を担っていたのが、螺鈿細工の人間国宝でもあった故・北村昭斎さんでした。現在、春日大社では北村昭斎さんの大規模回顧展「工芸の巨人 人間国宝北村昭斎−蒔絵螺鈿の至宝と春日大社−」を開催中です。
I:あ、知ってます! 春日大社の大塗師職の方ですよね。「螺鈿紫檀五絃琵琶」の再現模造とか造られている。正倉院宝物などの修復もされていたのですよね。
A:秀長の時代にも、こうした工芸家だとか職人の手によって御造替が行なわれていたわけで、それに対して秀長やその家族が尽力していたと思うと、ますます興味がわきますね。2026年10月3日(土)〜12月13日(日)までの開催だそうです。
I:正倉院展ともかぶる時期での開催なんですね。
A:さて、大政所が岡崎城に入りましたが、その屋敷に薪が積まれる場面が描かれました。『寛政重修諸家譜』などに描かれているエピソードです。万一家康に何かが起こった際には大政所を焼き殺してしまおうというものです。
I:珍しくアレンジなしでの展開なんですね。
A:『おんな太閤記』『徳川家康』『どうする家康』でも描かれた、これまた鉄板エピソードです。

まさかの秀長暗殺計画

I:家康が大坂に到着して秀長が出迎えます。家康は腕に包帯を巻いている様子。道中、賊に鉄炮を射かけられたというのです。衝撃的だったのは、家康が秀長暗殺を企てていたということです。
A:そんなことあるかいな、と感じた視聴者もいたかと思いますが、『豊臣兄弟!』は秀長を主人公に据えた作品。秀吉への臣従前夜を「秀長屋敷」で過ごしていたのは史実ですし、過去の大河ドラマでも、秀吉、秀長と家康のやり取りは重要場面として扱われました。今週は、有名なエピソードをあまりアレンジせずに描いているのですが、制作陣としては、なにかぶちこみたかったのでしょう。
I:家康と秀長で酒を酌み交わし語り合う場面も登場しました。秀長の「徳川殿が楽しいと思うことはなんでござりまするか」という問いに、家康は「……薬草集め」とぶっきらぼうに答える場面が面白くて吹き出してしまいました。
A:「大坂城を攻めるとしたらどこを攻めれば良い」という直球まで投げてきましたね。
I:このふたりのやりとり、おもしろいんですよね。
A:さて、この家康が秀長を殺害しようと考えていたという設定を視聴者の方々はどのように受け止めたでしょうか。「そんな史実はない」と鼻白んだでしょうか。「大河ドラマはエンタメなんだからいいんじゃない」と感じたでしょうか。
I:「史実かどうか」というよりも「エンタメとして面白いのか?」で見るのがいいのではないですかね、と私はいつも思うのですが。
A:『豊臣兄弟!』の独自のアレンジに対して、研究者からも批判が寄せられたりしています。これも戦国時代を描く作品ならではの事態でしょう。2024年の『光る君へ』では第1回から道長の兄がまひろ(演・吉高由里子)の母を殺害するという衝撃的な創作事件が描かれました。2025年の『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』でも、一橋治済(演・生田斗真)が落雷で亡くなるなど、史実を度外視した展開がありました。それでも専門家から表立って批判されることはなかったように思います。
I:両作はいずれも大河ドラマで描かれるのは初めての時代。肌感覚では、専門の先生方は大河ドラマで扱われることで、その時代への関心が高まることを優先し、物語の細かい部分にはこだわっていなかったように思います。
A:結局、戦国時代をやり過ぎなんですよね。いっそのこと「10年間戦国時代の大河ドラマは封印します」宣言でもしたらいいのにと思ったりします。古代の大河ドラマに挑戦しようという制作者、大正、昭和の政治史ももう解禁でいいのではないかという制作者が現れてほしいですね。
家康、月代を剃る

I:さて、そんなこんなで、家康が諸侯の前で秀吉に臣従する「パフォーマンス」が展開されました。びっくりしたのは家康の月代が剃られていたことです。
A:制作陣による「演出」なんでしょうね。本作は、小中学生の若い世代がたくさん視聴しているということですから敢えて言及しますが、月代を剃ることが「臣従の証」だったり「けじめの証」ということではないということに留意してください。
I:現代でも「頭を丸める」という行動が「けじめ」や「謝意の表明」ということがあったりしますから、誤解されなきゃよいですね。
A:この場面、秀吉が発した「日の本随一の英傑、徳川中将殿が、天下静謐のために大坂へ足を運んでくださった」という台詞が印象に残りました(後述)。
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