徳川家康(演・松下洸平)のもとから出奔した石川数正(演・迫田孝也)。(C)NHK

ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第40回です。徳川家康(演・松下洸平)の側近だった石川数正(演・迫田孝也)が家康のもとを出奔して、秀吉(演・池松壮亮)陣営に転じるという史実に基づいた事件が描かれました。

編集者A(以下A):石川数正が秀吉陣営に転じたのは天正13年11月13日(1585)。豊臣VS徳川のくくりの中の一大事! です。数正は「……家康めにはほとほと愛想が尽きましてございます。私がいくらことの理を説こうと、豊臣には従わぬと言って聞き入れませぬ。他の家来共も血気にはやるばかり、勝ち目のない戦でもやめようと致しませぬ。あやつらと共にいては、命がいくつあっても足りませぬ。まこと愚かな田舎侍どもで!」とその胸中を語ります。

I:『豊臣兄弟!』では、ほかの家康家臣団登場以前は、家康と数正のみという場面が多かったですし、第34回では今川家に人質になっていた時代の回想が描かれましたが、その際に家康の側に仕えていたのも数正でした。

A:側近中の側近が秀吉に転じたということで一大事なわけですが、このころの秀吉は、石川数正だけではなく、ヘッドハンティングによる豊臣家の地盤固めに注力していたことも忘れてはいけません。

I:石川数正以外にも秀吉陣営に参じた武将がいたということですか?

A:同じ天正13年4月に丹羽長秀(演・池田鉄洋)が亡くなっていて、丹羽家は嫡男の丹羽長重が継いでいました。8月に秀吉が佐々成政(演・白洲迅)と合戦するため北陸に進攻した際に、丹羽家内部から佐々陣営に内通者がいたのではないかと難癖をつけられ、所領をほぼ10分の1に減じられました。さらに長束正家、太田牛一、溝口秀勝などの丹羽家重臣が豊臣家に転じているのです。天正13年の秀吉はなりふり構わずという印象です。

I:長束正家は後に「豊臣五奉行」と称されるほどの能吏。溝口秀勝も後に新発田藩初代藩主となる逸材。太田牛一は『信長公記』など信長一代記の筆者です。丹羽家の優秀な人材をごっそりと奪ったというわけですね。

A:石川数正の出奔もそうした「豊臣家臣団再構築」の流れの中の「事件」なのですが、おそらく秀吉は石川数正出奔にあわせて家康との最終決戦を目論んでいたものと思われます。

I:劇中でも、大坂城に甲冑に身を包んだ家臣団を揃えていました。秀吉が「皆の者、よう聞け。徳川はいまだ上洛に応じず、この関白秀吉の命に背き、真田との和睦をも拒んだ。世を乱さんとする徳川を、このまま見逃すことはできぬ」「これを機に、不届き者の徳川を手厳しく懲らしめる!」と号令をかけます。ところが、「天正大地震」により秀吉の家康壊滅作戦がとん挫したということですね。

A:11月29日に発生した天正大地震はかなり規模の大きい地震だったといわれています。劇中でも紹介されていたように、大垣城や長浜城が倒壊するなど、とても合戦をする雰囲気ではなくなったようです。『豊臣兄弟!』を巡っては、「秀長がもう少し長生きしていたら~」という「イフ」が語られることがありますが、「天正大地震が発生しなければ~」という「イフ」の方が重要だったのではないかと思われます。

I:「アンチ徳川」の立場からは、「天正大地震が発生しなければ、家康を叩きのめすことができたのに」ということですね。石川数正出奔の16日後の地震発生というのがものすごくリアルです。本当は一気に徳川を叩き潰したいと思っていたんでしょうね。

A:さすがに地震による復興前に合戦などができないということで、にわかに豊臣と徳川が縁談によって親戚になるという選択がとられたということになります。大坂城では、寧々(演・浜辺美波)、とも(演・宮澤エマ)、なか(演・坂井真紀)が負傷者たちの手当をしたり、握り飯などを配っていました。あさひ(演・倉沢杏菜)は、亭主の副田甚兵衛(演・前原瑞樹)があさひをかばってけがをしたので、自宅で手当てするなど、仲良しぶりが強調されました。

I:これが本当に切ないシーンになりました。

「不届き者の徳川を手厳しく懲らしめる!」と号令をかける秀吉(演・池松壮亮)。(C)NHK

北条氏政と徳川家康の関係

北条氏政(左/演・谷原章介)と面談する家康(演・松下洸平)。(C)NHK

I:さて、今週は伊豆国三島で家康と北条氏政(演・谷原章介)の面談が描かれました。北条氏政の嫡男氏直の正室は家康の二女督姫ということで、両家は親戚なんですけどね。なんで連合して秀吉と戦うという選択をとらなかったのでしょう。

A:1996年の大河ドラマ『秀吉』では、「徳川・北条・伊達」連合ということが説明され、その中から家康(演・西村雅彦)が秀吉(演・竹中直人)に懐柔されたような説明がなされました。『豊臣兄弟!』では、家康が北条氏政に対して「手の内を明かされた今の我らが攻撃をしかけるなど、敵は思うておりますまい。今こそ、攻め時でござる」と秀吉との対決を決したような感じでした。

I:さて、石川数正の出奔の話題に戻ります。石川数正が徳川家家臣から秀吉陣営に転じたのは事実ですが、その理由については、定説がありません。

A:大河ドラマでも、1983年の『徳川家康』では江原真二郎さん演じる数正が、本多作左衛門重次(演・長門裕之)と「談合」したうえで、秀吉側に転じたふうに描かれました。1996年の『秀吉』では、「本能寺の変」から続く「伏線」を絶妙に回収するストーリーでした。

I:『秀吉』では秀長(演・高嶋政伸)が、石川数正(演・誠直也)が秀吉に寝返るという噂を家康周辺に流布させるなどの布石を打っていたんですよね。そうした中で石川数正が大坂の秀長のもとを訪ねるのです。その場には千利休(演・仲代達矢)も同席し、「〈本能寺の変〉が起こることを利休が事前に知っていたこと」「実は家康が光秀を唆していたこと」など、これまでのストーリーがリンクしてくる展開になるのです。

A:2023年の『どうする家康』では、第33回「裏切り者」の回で、松重豊さん演じる石川数正が、家康(演・松本潤)や家康家臣団と激論を交わします。家康正室の築山殿(瀬名/演・有村架純)発案の「戦国ユートピア構想」が物議を醸した『どうする家康』ですが、石川数正出奔の描写は、重厚で胸熱になる構成でした。数正が秀吉(演・ムロツヨシ)、秀長(演・佐藤隆太)らと交渉を重ねる場面などが描かれました。『豊臣兄弟!』では、「真田と和睦してちょ」という台詞がありましたが、『どうする家康』で真田昌幸を演じていたのは佐藤浩市さんでした。

石川数正の子孫はどうなった?

I:石川数正出奔については、定説がないので、過去作品でも自由に描かれています。

A:ちょっと逆張りになりますが、「その後の石川家」から読み解きたいと思います。その後石川数正は松本に領地を得て、松本藩初代藩主となります。現在国宝の松本城の天守などを手がけたことでも有名です。

I:五城しかない国宝のひとつ松本城ですよね。凄い。

A:松本藩は数正の息子石川康長が二代目を継承しますが、大久保長安事件に連座したとして改易されます。大久保長安事件とは、江戸時代初期に、勘定奉行として全国の金銀山を統括していた大久保長安が亡くなると、遺産相続問題がこじれて、大久保家に調査が入り、長安が幕府の金銀を横領していた疑いが出てきて、埋葬されていた長安がわざわざ掘り起こされてさらし首となり、息子たちも全員切腹、一家断絶となった事件です。石川康長の娘が大久保長安の嫡男大久保藤十郎に嫁していたため、康長まで巻き添えをくらったという形です。

I:数正の息子の康長は悪くないのに、という感じなんですね。石川数正出奔の理由として、家康が仕掛けたスパイ説というのもあったりしますよね。『豊臣兄弟!』劇中でも「豊臣に転じても心は殿に通じている」というような台詞もありました。

A:もしそれが事実なら、石川家が改易されるということはないんじゃないかと思うんですよね。鳥居元忠や榊原康政の子孫は、「祖先の功績」を理由に本来なら改易されるべき事案に際しても改易だけは免れていますからね。徳川家にとって石川家は二代目で改易されていいくらいの存在だったわけです。私は「スパイ説」は違うかなと思っています。

I:確かに家康がまだ今川家で人質の身の段階から側に仕えた側近中の側近だったのに、出奔してしまって、立場が変わったのかもしれませんね。

A:さて、視聴者の方々は石川数正出奔についてどう受け止めましたでしょうか。

出奔してきた石川数正を受け入れる秀吉。(C)NHK

※高嶋政伸の「高」は正しくは「はしごだか」。

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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