陣羽織のエピソード

家康に陣羽織を着せる秀吉(演・池松壮亮)。(C)NHK

I:そうした中で、家康が、秀吉の陣羽織を所望しました。家康は「殿下御自らが鎧を着て戦場に立たねばならぬような戦は、この家康がある限り二度と起こさせませぬ」という台詞を発するのです。

A:出ました! 秀吉と家康の「陣羽織問答!」。これも大河ドラマ鉄板の描写。1981年の『おんな太閤記』では、秀長(演・中村雅俊)の大坂屋敷に入った家康(演・フランキー堺)を秀吉(演・西田敏行)が訪ねて歓待します。その一方で浅野長政(演・尾藤イサオ)に指示して、翌日の大坂城での対面の際に「一芝居」打つように家康に要請するのです。家康は、「上洛した上は、二度と陣羽織をお着せ申すことはいたしませぬ」と九州征伐に際して家康自ら出陣する旨を表明するのです。

I:おお。

A:1983年の『徳川家康』では、大坂入りして秀長の宿舎にたどり着いたところに秀吉(演・武田鉄矢)が「お忍び」でやってきます。その席で秀吉に陣羽織を所望する家康。秀吉は固辞しますが、「二度と殿下に戦場に出てもらうことはない」という家康の思いを聞いた秀吉は感動します。秀吉は、このやり取りを翌日諸侯の前でもう一度やって欲しいと懇願。家康は受諾するのです。その際にふたりが交わしたやり取りで印象深かったのは「天下のため」というフレーズです。

I:『豊臣兄弟!』でも「天下静謐のため」という台詞がありましたね。

A:1996年の『秀吉』では、秀長(演・高嶋政伸)の屋敷に入った家康のもとを、秀吉(演・竹中直人)が北政所(演・沢口靖子)が手ずから拵えたという重箱に入った料理を持って訪ね、「天下安寧のため、明日はよろしく」と挨拶し、根回しするのです。翌日に大坂城に登った家康(演・西村雅彦/現・西村まさ彦)に対して秀吉は前日の低姿勢とはうって変わった仰々しい態度で家康を迎えるのです。家康は、「何卒、殿下の羽織を御下賜くだされ」と、秀吉の羽織を所望します。

I:2023年の『どうする家康』でも、「陣羽織問答」は描かれました。ムロツヨシさん演じるくせ強めな秀吉は、秀吉の陣羽織を所望する家康(演・松本潤)に対して、エキセントリックに喜ぶのです。

A:歴代大河ドラマでは、秀吉と家康の大坂城での対面は「天下のため」「天下安寧のため」「天下静謐のため」というくくりで語られています。現代でいったら「国益のため」ということになるでしょうか。いまだ九州、小田原北条、奥州と秀吉の天下に服さない勢力がある中で、秀吉と家康が「国益」のために結びついたことに注目してほしいと思います。

I:この後の「九州平定戦」で秀吉らが当地で見たキリスト教の現状のことを思うと、秀吉と家康の融和はぎりぎりのタイミングだったと思うんですよね。

A:私は大坂城での秀吉と家康によって「天下のため」に交わされた「家康服従」とやがて訪れる「大坂城炎上・豊臣家滅亡」について思いを馳せました。あの時、家康は70代半ばになった自身の余命と、もしこのまま世を去った場合に訪れるであろう「徳川と豊臣」のことを考えたときに、また「乱世に戻る危機」を感じ取り、それだけは避けたいという思いが豊臣家を滅ぼすという決断になったのだと思うのです。

I:多くの浪人が大坂城に入城していましたからね。家康が亡くなったら乱世に逆戻りというのもわからないでもないです。

A:ちょっと飛躍しますが、天下静謐のために、秀吉と家康の密約が交わされたんじゃないかと思ったりするのですよね。

I:ああ、それはあるのかもしれないですね。

陣羽織エピソードと『逆賊の幕臣』

A:秀吉と家康の「陣羽織問答」が大河ドラマの鉄板描写になっているのには理由があります。その出典が『徳川実紀』(『東照宮御実紀』)という幕府が編纂した「正史」に基づく記述だからです。このエピソードが館林藩士だった岡谷繁実が編纂した『名将言行録』に収録されて、人口に膾炙するようになりました。『名将言行録』の「陣羽織問答」に関しては、『徳川実紀』の内容がほぼそのまま収録されています。

I:さまざまなエピソードを独自にアレンジすることが多かった『豊臣兄弟!』ですが、「陣羽織のエピソード」は王道的な描き方をしたのですね。

A:余談ですが、『徳川実紀』を編纂したのは幕府儒学者の林述斎です。美濃岩村藩主松平乗薀(のりもり)の三男ですが、その才覚を老中松平定信に認められ、林羅山から始まる林家に養子入りした逸材です。この述斎の三男で鳥居家に養子に入ったのが鳥居耀蔵です。

I:鳥居耀蔵!

A:大河ドラマファンの方には先刻承知のことと思いますが、来年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』で北村一輝さんがキャスティングされている鳥居耀蔵です。

I:幕末史きっての「悪人」として知られる人物ですね。鳥居耀蔵が大河ドラマでどう描かれるのか、今から楽しみにしているファンが多いようです。

A:私も楽しみにしています。陣羽織のエピソードから思わぬ展開になりましたね。

ついに、家康が秀吉に臣従。(C)NHK

※高嶋政伸の「高」は正しくは「はしごだか」。

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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