写真・文/杉崎行恭
町が整備され都市計画が進むと、何も使われていない空間が減っていく。首都圏でも街の「余白」に残っていた廃線跡のレールはわずかになってきた。それでも河川敷や臨海部にはまだ曖昧な土地があり、走っていた鉄道の記憶をかすかに留めている。そんな線路の余韻を関東各地に探してみた。
吾妻線旧線
群馬県・岩島駅〜八ッ場ダム

群馬県の渋川と大前を結ぶJR吾妻線のうち、八ッ場(やんば)ダム建設のために付け替えられた旧線区間の約3.4kmの間に線路が残る。その廃線線路の約2.4kmを利用して観光レールバイク「アガッタン」のコースになっている。冬季以外の3月下旬から12月上旬に乗車できる野趣あふれるレールバイクは爽快そのもの。全長7.3mという鉄道トンネル日本最短の「樽沢トンネル」や、紅葉の名所、吾妻峡の絶景が楽しめる。

東京都水道局小河内線跡
東京都・奥多摩駅〜水根

青梅線の終点、奥多摩駅のその先に伸びていたのが小河内線。その名の通り小河内ダム建設のための鉄道で1952(昭和27)年に開通、多摩川上流の渓谷地帯に23ヶ所のトンネルと23本の橋梁をかけて開通した全長6.7kmの山岳鉄道だった。しかしダム完成後の1957(昭和32)年に運転休止となり、一時は西武鉄道に譲渡されたものの廃止になった。廃線敷は立ち入り禁止だがレールも残り、並行する道路から見ることができる。

西武安比奈(あひな)線跡
埼玉県・南大塚駅〜安比奈駅

首都圏にある、レールが残る廃線跡としては一番有名なところが、この西武安比奈線だと思う。西武新宿線南大塚駅から入間川の河川敷に延びる全長3.2kmの貨物線跡で、住宅街や河川敷の空き地に、昭和感あふれる線路の情景を楽しめた。開通は古く1925(大正14)年で、目的は川砂利の輸送用だったという。その後、車両基地の計画も浮上したが延期となり2017年に正式に廃止された。近年レールの撤去工事が進んで、2027年春には跡形もなくなるだろう。見に行くのは今のうちだ。

東京都港湾局専用線跡
東京都・東京港一帯

大正時代から整備が始まった東京港の日の出埠頭や芝浦埠頭、竹芝埠頭などに貨物線が建設されていった。また豊洲や晴海地区にも臨港鉄道が建設され、昭和40年代には港湾局専用線だけで総延長約24kmにも達した。しかしこれらの各線路も順次役割を終え1989(平成元年)にすべてが廃止された。江東区の沿岸部には、今も稼働中の越中島貨物線に接続する形で、タワマン街の中にレールが点在している。

国鉄高島線跡・瑞穂埠頭専用線跡
横浜市・港湾部一帯

横浜港の臨海部に路線を伸ばしている現役貨物線のJR高島線。この路線からいくつもの支線が伸びていた。かつて桜木町駅前にあった東横浜駅から新港埠頭を経て山下埠頭を結んでいた路線の一部と、東神奈川駅近くの海神奈川駅から瑞穂埠頭に伸びていた旧貨物線の一部に線路が残存している。このうち桜木町駅前からは「山下臨港線プロムナード」に整備され、レールも遊歩道と一体化した「汽車道」として歩くことができる。逆に瑞穂埠頭に続くレールは撤去が進んでいる。

相模線西寒川支線跡
神奈川県・寒川〜西寒川

意外なところに線路が残っていた、そんな印象を覚えるのが茅ヶ崎市の北方、寒川町に残る相模線西寒川支線跡だ。ここには1984(昭和59)年まで寒川駅からの約1.5kmの支線があり、旅客列車も走っていた。かつて相模川から砂利を採集した専用線として始まり、戦時中は西寒川にあった海軍工廠への従業員輸送にも使われた。廃線跡は「一之宮緑道」として整備され、一之宮公園内の約200mと、かつて終着駅があった西寒川駅構内に線路が残されている。

写真・文/杉崎行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。
※杉崎の「崎」は正しくは「たつさき」







