文/鈴木拓也

写真:photoAC

ホモサピエンスとネアンデルタール人は、長い共存期間があったことはよく知られている。

しかし、後者がなぜ絶滅したかについては不明の部分が多く、諸説紛々だ。

一因として、ホモサピエンスのほうが「より高度な数え方」に長けていたのではと指摘するのは、(株)math channel代表の横山明日希さん。家族単位で暮らしていたネアンデルタール人に対して、ホモサピエンスはより大きな集団を組んで共同生活を営んでいた。このほうが、食糧難や自然災害の際に助け合いがしやすく、それが種の存続につながる。そして彼らは、獲ってきた食糧の分配など、数学的思考ができた。この違いが、文明化しながら存続できるか否かへの分水嶺になったのだ。

横山さんはこれを、「数学が世界を変えた最初の出来事」だと、著書『世界史は数学でできている』(SBクリエイティブ https://www.sbcr.jp/product/4815639761/)で記している。

本書は、ふだん意識されない数学が、いかに人類に大きな影響を与えてきたかを解説する教養書。数学に苦手意識を持っている人でも、楽しく読める内容となっている。個人的にも面白かったので、内容を一部紹介しよう。

桁と0の概念が数学を大きく進化させた

冒頭で触れたように、原始時代の数学は数えることであった。その痕跡は、タリースティックと呼ばれる骨や木片に認められる。これら旧石器時代の遺物には、当時の人々の手による刻み目があり、何かを数えるための印だとされている。

新石器時代になると、粘土でできた数cm大で形も様々なトークンが登場する。これらを用いて種類や量を記録したと考えられている。トークンは、文字が登場する紀元前3千年頃まで広く使われた。

人間の共同体が規模を大きくするにつれ、より大きな数を扱う必要性が出てきた。そのために導入されたのが「桁」の概念だ。早くも古代メソポタミアでは、60進法が使われていたそうだ。しかし、楔形文字で桁をうまく書き記す方法は確立していなかった。

この問題を解決したのが、0の概念である。西暦3~4世紀に書かれた『バクシャーリー写本』には、「・」に似た印があり、これが0を表す記号である。これによって、どんな桁も表現できるようになった。さらに0には、「何もない」という数学上の概念も示す役割が与えられ、数学は一気に進化していく。

乏しい情報から地球の大きさを計測

古代人が、交易などで遠距離を移動するようになると、地点間の正確な計測が求められるようになった。

また、地球自体の大きさについても関心が高まった。世界が球体であることは、ピタゴラスやアリストテレスによって、既に証明されていた。では、ぐるっと一回りした距離はどれくらいなのか? この謎に挑戦したのがギリシア人の学者で、アレクサンドリア図書館の館長であったエラトステネスである。

エラトステネスは、シエネ(現在のアスワン)では、夏至の正午になると太陽が真上に来て、地面に差した棒に影ができない一方、アレクサンドリアだと影が生じる現象に注目した。その影の長さから入射角を計算すると約7.2度であった。円の360度を7.2で割ると50になる。つまり、二都市間の距離に50を掛ければ、地球の円周に等しくなる。エラトステネスは、その計算によって地球の円周を、25万スタディオン(40,000~46,000km)と見積もった。

時代は下って、同じくアレクサンドリアで活躍したプトレマイオスは、数学によって世界を記述しようとした。彼は、ローマ帝国が把握していた世界の約8千か所を、緯度と経度という新たに導入した座標で整理し、世界地図を作製した。この地図を掲載した『世界図』という書物は、アラビア語やラテン語に翻訳されながら中世まで重用された。その後、方位と形の正確性にこだわり、現在も使われている「メルカトル図法の地図」にとって代わられた。

戦時の暗号技術が現代の情報化に寄与

これまでの人類史のなかで、戦争は大きなウェイトを占めているが、その遂行のためにも数学は不可欠な学問であった。

本書では、紀元前210年代にローマ軍の包囲攻撃を受けたシラクサでの象徴的なエピソードが記されている。シラクサの王は、数学者のアルキメデスに対し、防衛兵器の開発を依頼したと伝えられている。彼はそれに応え、いくつかの兵器を生み出したようだ。真実味のない話もあるが、横山さんが、「実際に使われたのでは」と考えているのが投石機である。

アルキメデスは、従来の投石機に改良を加え、たくさんの石を一度に敵に降り注がせるものや、重さ数百kgもの大きな石を正確に打ち出せるものなどを配備し、敵を近づけず、戦意を奪ったとされています。その結果、ローマ軍のシラクサ攻略は二年もの長期戦となりました。
(本書244pより)

戦争においては、こうした新兵器とは別に、地味だが重要な要素も重宝される。その1つが情報であり、敵に知られずに情報を伝達するために考案されたのが暗号だ。暗号自体は、古代のエジプトやメソポタミアで使われていたが、軍事に特化した暗号を活用したのはスパルタが最初である。その仕組みは、棒にリボン状の羊皮紙を巻き付けて文字を書き、いったんほどく。解読には、同じ太さの棒を必要とする。原始的だが、現代の暗号も、送る側と受け取る側の双方に同じ「鍵」が必要という点では共通する。

20世紀に入って無線通信が普及すると、「鍵」の解明をめぐる暗号戦が熾烈を極めた。第二次世界大戦では、ドイツが「エニグマ」と呼ばれる電気機械式暗号機を開発した。これは解読不可能と考えられたが、連合国に「エニグマ」の構造が分析されてしまい、対抗できる暗号解読機が開発された。「戦争は数学を求め」、その要請に応えた好例であろう。

さらに、機械による暗号の解読は、戦後のコンピューター技術の発展に大きく寄与し、現在の情報セキュリティーの基礎へとつながっている。

SNSでは時折、「数学が何の役に立つのか」が話題になるが、高度に情報化した現代社会は、数学抜きにしては語れないのである。

【今日の教養を高める1冊】
『世界史は数学でできている』

横山明日希著
定価1980円
SBクリエイティブ

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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