戦勝祝いの品として「初花」を秀吉(演・池松壮亮)に届けに来た家康(演・松下洸平)家臣の石川数正(演・迫田孝也)。(C)NHK

ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第34回です。秀吉(演・池松壮亮)が柴田勝家(演・山口馬木也)を滅ぼした賤ヶ岳の戦い(天正11年4月24日/1583)を経て、徳川家康(演・松下洸平)と激突する小牧・長久手の戦い(天正12年3月~11月/1584)に至るまでの物語が描かれました。

編集者A(以下A):なぜ、秀吉と家康が直接対決に至ったのか――。ということになります。「本能寺の変」以降の家康といえば、滅亡した武田家の遺領である甲斐などの領有をめぐって「天正壬午の乱」と称される戦いに挑んでいました。

I:尺があれば、賤ヶ岳の戦い+天正壬午の乱を並列で扱ってくれれば、当時の状況をより解像度高く見ることができるのですけどね。今週は、家康が秀吉に賤ヶ岳の戦いの戦勝祝いとして大名物茶器「初花の肩衝」を贈っていました。これは天正11年5月21日のことと伝えられています。直近では、3年前の大河ドラマ『どうする家康』でも登場した場面です。当時の私たちのやり取りを再掲します。(https://serai.jp/hobby/1146330

I:その家康が秀吉の戦勝祝に用意したのが「初花」と呼ばれる肩衝(かたつき)の茶入れの大名物。室町幕府の将軍足利義政が所蔵していたものが後に信長の手に渡り、本能寺の変の5年前には嫡男信忠が信長から譲り受けています。本能寺の変後のドタバタで流出し、どういう経緯か徳川家の家臣が所持していたところ、家康に献上されたというものです。

A:肩衝というのがどういうものか説明をお願いします。

I:肩衝というのは、茶入れの中でも首の下の肩が角ばった形状のものをいいます。今回登場した「初花」と、やはり信長所有だった「新田」、信長が欲しがっていた「楢柴」と併せて天下三大肩衝ですが、この3点とも信長の死後、他者の手を経て秀吉、家康に受け継がれています。名物の茶器は一国相当ともいわれました。

A:茶器の持ち主の変遷というのは好きな人は好きですよね。3年前の『麒麟がくる』でも「平蜘蛛の茶釜」と松永弾正、織田信長のエピソードが語られました。

I:茶器の大名物を登場させるなら、本能寺の茶会のシーンなども見せて欲しかったなあと思いますね。本能寺の変ではやはり松永弾正と関わりのある名物の唐物茶入の「つくも茄子」が焼けてしまいましたが、焼け跡から発見されて秀吉の手に渡り、大坂の陣でまた焼けて、また発見されて、今は静嘉堂文庫が所蔵していますので、展覧会などで見ることができますね。初花の肩衝は現在、徳川記念財団所蔵になっています。

A:実は、家康が秀吉に「初花」を献上したというエピソードは、大河ドラマの定番です。大河初出は1981年の『おんな太閤記』かと思われます。「初花」に関するエピソードが登場した大河ドラマを整理してみましょう。

『おんな太閤記』1981年

羽柴秀吉(演・西田敏行)と徳川家康(演・フランキー堺)の軍事衝突が避けられない情勢となった段階で、秀吉が発した台詞で説明されました。「家康め、北の庄の戦勝の祝いにと初花の茶入れを贈ってよこした。わしもそれに応えて不動国行の名刀をつかわした。なに食わぬ顔で誼を通じておいて、いまになって裏切るとはの」

『徳川家康』1983年

江原真二郎さん演じる石川数正が、初花の茶入れを持って武田鉄矢さん演じる秀吉のもとを訪ねます。その場所は坂本城設定です。数正は「五千石の茶入」として秀吉に説明しますが、秀吉は、数正のような家臣が欲しいと熱望し、自分なら十万石以上の城持ちにすると、石川数正の心をくすぐります。そのうえで、「初花の茶入」について、今後は「十万石の茶入」と変えるように数正に提案するのです。ちなみに、秀吉の家康(演・滝田栄)に対する敬称は「家康、家康」と呼び捨てでした。

『秀吉』1996年

石川数正(演・誠直也)の訪問を受け、面会場所は山崎城の茶室に設定されました。千宗易(後の利休/演・仲代達矢)、黒田官兵衛(演・伊武雅刀)、石田三成(演・真田広之)、羽柴秀長(演・高嶋政伸)と秀吉(演・竹中直人)という場面です。千宗易が「徳川殿は天下の名物初花の茶入れを献上なさるとのことでございます」と紹介すると、秀吉が「なんと」と目を見開きます。石川数正は「主家康は織田家の跡目を継がれた筑前殿へのご祝儀じゃと」と説明します。本作では、秀吉は家康に対して「徳川殿、徳川殿」と呼んでいました。

『功名が辻』2006年

「初花とは信長の手から家康に渡った茶入れである。いわば信長の形見である。これ以上の戦勝祝いはないという品であった」とナレーションが説明します。家康家臣団から「もったいないのでは」と問われた家康(演・西田敏行)は「わしには老婆のお歯黒壺のようにしかみえぬわ」という印象に残る台詞を発しました。「自分にとってあまり価値のないもの」であることを強調するための表現だと思いますが、西田敏行さんが発するとなんとも味わい深い台詞になったのです。

お歯黒壺とは、当時の女性たちが歯をお歯黒で塗る際に、用いるお歯黒水を作るための壺。小ぶりの壺の場合、ぱっと見、肩衝茶入と同じような形状をしています。名物、大名物の茶器や茶碗などは、中国などから渡来したものが多く、唐物と呼ばれて珍重されました(今も)。そうした陶磁器は、もとは違う用途のために作られたものが多く、例えば化粧品などを入れるための器だったりしました。そうした日用品が日本にやってきて、姿かたちの良さから珍重されるようになりました。そうした名器が様々な著名な歴史的人物の手を経ていく過程で、「〇〇家伝来」などと呼ばれるようになり、価値が高まり、大名物となっていきました。誰が持っていたかとか、姿にどんな味や美しさがあるかとかいったことに関心がないと、ただの雑器にしか見えないし、ある意味、それがその道具の本質であり、「お歯黒壺にしか見えない」という家康の台詞は、ある意味本質をついているといえます。

ちなみに『功名が辻』で石川数正(演・大河内浩)が秀吉(演・柄本明)を訪ねたのは近江の坂本城という設定でした。

『麒麟がくる』2020年

2020年の『麒麟がくる』では、大和の領有をめぐって対立する筒井順慶(演・駿河太郎)と松永久秀(演・吉田鋼太郎)が明智光秀(演・長谷川博己)の仲介で対面するという場が設定されました。本来ならありえない松永久秀と筒井順慶の対面は、「壮大なるエンターテインメント」である大河ドラマの真骨頂。『麒麟がくる』では、久秀と順慶の間でゾクゾクするようなやり取りが交わされました――。光秀が順慶を伴って松永久秀を訪ねると、久秀は易を占っていました。易の結果を問う順慶に対して、久秀は傍らにあった肩衝の茶入れを手にして順慶に、「この唐物の肩衝茶入れ、千貫で買うなら教えてやろう」と迫ります。絶妙な間合いを挟んで、順慶が「4年前、京の大文字屋が見せてくれた茶入れを思い浮かべますが、釉薬(うわぐすり)の流れにさしたる趣きも見いだせず、肩衝の形もあれには及ばぬかと。十貫ならば」と百分の一の値段ならば、と返すのです。順慶の目利きに驚いた久秀は、「見たのか、あの初花を」と目を丸くします。「いまは信長様がお持ちと聞いておりますが、あれこそ千貫の値打ちがあろうかと」

この場面に「初花」の肩衝は登場せず、台詞で説明されるだけでしたが、「初花肩衝」が大名物であることは伝わってくる「名場面」となったのは、池端俊作さんの脚本の「妙」といえるでしょう。

『どうする家康』2023年

賤ヶ岳の戦いの「戦勝祝い」に「初花」を携えて大坂を訪ねた石川数正(演・松重豊)。まだ大坂城は建設中という設定でした。石川数正から「初花」を贈られた秀吉(演・ムロツヨシ)は、エキセントリックな反応を見せます。当時のSNSでは、サイコパスとも称された秀吉です。髭をたくわえた小一郎秀長(演・佐藤隆太)が側に近侍して、秀吉と石川数正のやり取りに目を光らせている姿が印象的でした。

ほかの作品にない場面としては、数正が去った後で、多くの献上品が置かれた部屋で、しげしげと「初花」を鑑賞する秀吉がボソッと「本人がこないとはのぅ」とつぶやいたシーンがあげられます。

I:こうしてみると、「初花」も「本能寺の変」くらい頻繁に大河ドラマに登場していたのですね。改めて、展示会があれば実物を見てみたくなりました。

●編集者A:書籍編集者。かつて『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2026年
9月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Youtube
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

市毛良枝『百歳の景色見たいと母は言い』

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店