
京都大学総長を経て総合地球環境学研究所所長。アフリカで40年を超える現地研究を有し、ゴリラなど霊長類研究の世界的権威として知られる。近著に『ゴリラの森で考える』。
ニシゴリラ
京都市動物園で飼育されるのは、ニシゴリラ。アフリカの熱帯雨林に生息するが、環境破壊と密猟により絶滅の危機に瀕している。
「現代社会に生きる私たちは、今こそ、進化の過程で獲得した能力を再認識すべきです」
ゴリラ研究の第一人者である山極壽一さんは「動物園は野生を覗く窓」だという。では、どうすればわれわれは、動物園で野生を覗くことができるのか──。その答えを探しに、山極さんが名誉園長を務める京都市動物園を訪れた。
山極さんがゴリラ舎「ゴリラのおうち」のガラスの前に立つと、奥にいた7歳(人間の10歳に相当)の子ゴリラのキンタロウ(オス)がいきなり走り寄りガラスにドンとぶつかった。山極さんに挨拶にきたのだろうか。
「人と同じだと思います。急に走ってくるのは、人の子もよくやります。でも、キンタロウは長い手も使いながら走ってきたでしょ。そこが2本足で走る人間は違う。タイヤに乗ってぐるぐる回るのも大好きですが、よく見ると人の子の遊び方とは違う。どこが同じでどこが違うのか、ゴリラをじっと見ているといろいろなことが見えてきます」(山極さん、以下同)
現在、京都市動物園では4頭のゴリラを飼育する。オスのモモタロウ(25歳)とメスのゲンキ(39歳)、その間に生まれたキンタロウと昨年11月に生まれたサンタロウのファミリーだ。
「ゴリラの家族が見られるのは国内に3園(※)ありますが、日本生まれのゴリラだけで家族を作ったのは京都市動物園が初めて。飼育員や獣医師たちが相当な努力をかけてできた家族なんです」
※恩賜上野動物園、東山動植物園、京都市動物園
山極さんが提案する、ゴリラの3つの観察ポイント
1 )生息環境を想像する

ゴリラの生息地まではなかなか行けないが、その地に思いを馳せることはできる。野生のニシゴリラは木に登って果実を食べているという知識があれば、園舎の高いところで餌を食べていることにも大いに納得がいく。
2 )ヒトとの類似・相違点を見つける

ゴリラの赤ちゃんの握力はヒトのそれに比べて強く、常にしっかり掴まっていられる。ゴリラの親子はいつも一緒にいられ、常に安心した状態でいる。そのため、ヒトの赤ちゃんと異なり、ほとんど泣くことがない。
3 )個体の歴史、個性を知る


ゴリラ舎には、これまで京都市動物園で生まれた個体の家系図や、近況などの解説パネルが掲げられている。これらを見ておくと個体の個性や関係がよく分かる。
動物園は生息地とこちらの社会をつなぐ場所
「ゴリラは怖いイメージがありますが、それは1861年にポール・デュ・シャイユという探検家が自著で凶暴なイメージを広めたのが始まり。その後、1933年に公開された映画『キング・コング』でも暴力的な姿が描かれました。でも生息地に行ってみると、ゴリラはまったく暴力的ではないし、僕ら人間がゴリラを誤解していたんだということがだんだんわかってきた。だから生息地を知ることはとても大事なことで、京都市動物園のスタッフも、アフリカのガボンに行き現地で研修をしています」
しかし、生息地に行くのは誰でもできることではない。
「そうです。だから野生の動物を見られるのは動物園しかない。動物園は生息地とこちらの社会をつなぐ役割を果たしています。ですから、飼育環境も生息地の条件を取り入れていく必要があります」
ニシゴリラは木に登り、木の実や果実を食べるので、餌は高いところに置くなど、京都市動物園でも生息地に近い仕組みをゴリラ舎の構造に取り入れている。
「そんな動物園の努力で、ここでは群れで生活するゴリラの家族を見ることができるのです。動物園の動物を見ることで、彼らが棲んでいる生息地に思いを馳せてもらいたい。それが動物園は野生を覗く窓ということなのです」
動物園は学びの場所である

ゾウは頭のいい動物。長い鼻を使って器用に食事をしたり物を掴んだり、霊長類とは違う体の使い方をする。見ていると、鼻は手の代わりということがよくわかる。大きな耳には毛細血管が発達していて、パタパタ動かすことで血液の温度を下げ体温調節をする。

アカゲザルの展示場。サルは社会的な動物。よく観察すると相手を選んでグルーミング(毛づくろい)をするなど、個体間の関係性が見えてくる。サル同士の順位や個体ごとの歴史を知ると、サルの群れを眺めるのが俄然楽しくなる。写真/京都市動物園
「動物園というと、ゾウやライオンやキリンがいて子どもが来るところだと思われていますが、誰もが動物を学べる場所でもあるのです。欧米では『ズーロジカルガーデン』と呼びます。動物学の楽園という意味です。ズーからズーロジカルガーデンへ、日本の動物園もだんだん変わり始めています」
京都市動物園も2015年にリニューアルを果たし、現在も整備が続く。
「京都市動物園はもともと広さが限られています。普通、動物園は広いところが多く、見て回るだけで疲れてしまうけれど、ここは、あっという間に回れちゃう。その分、時間をかけて動物と向き合えます。お子さんを連れてきても急かす必要はないので、じっくり観察してみてください」
人間の能力を見つめ直す
「もともとは人間も自然の中で生まれたわけだから、さまざまな生物といろんな形でつながってるわけです。人間の体が持っている能力というのは、都市で暮らすために進化したわけじゃない。自然の中で暮らすためにできたわけですよ。たとえば人間の指紋は、物を掴んだり木に登って滑らないためにできたのです。動体視力も野球をやるためじゃなく、危険な猛獣を避け逃れるために発達した。そういう場所に立ち返って、人間の能力を再び見つめ直してみることが必要だと思います」
動物園という野生の窓を覗くことは、人間が本来持っていた能力を再認識することでもあるようだ。
京都市動物園

京都市左京区岡崎法勝寺町岡崎公園内
電話:075・771・0210
営業時間:3月~11月は9時~17時、12月~2月は~16時30分(最終入園は30分前)
定休日:月曜(祝休日の場合は翌平日)、年末年始
料金:一般750円
交通アクセス:地下鉄東西線蹴上駅より徒歩約7分、同東山駅より徒歩約10分 京都駅から市バス5、86系統で岡崎公園 動物園前下車徒歩約2分
取材・文/宇野正樹 撮影/小林禎弘
※『サライ』2026年6月号より












