確かな話芸と魅力あふれる個性を披露し何度も聴きたい、会いたいと思わせる演芸界のスーパースターたち。舞台や楽屋の姿を追いかけ彼らの芸への眼差しをとらえると、「演芸」のいまが見えてくる。落語家の柳家喬太郎さんについて語る。

やなぎや・きょうたろう 1963年、東京生まれ。1989年柳家さん喬に入門。2000年12人抜きで真打に昇進。膝を痛めてからは、演台にあぐらのスタイルだが、噺のキレと深みは、変わらない。

落語界の最前線をひた走ってきた柳家喬太郎さん

落語界の「キョンキョン」といえばこの人、柳家喬太郎さんだ。

杉江松恋さんは、その「存在感の大きさ」を指摘する。

「落語界にとって、柳家喬太郎という存在が大きい。噺の解釈の深さはもちろんのこと、古典から新作まで幅広い。例えば『擬宝珠』という誰もやらなくなっていた明治期の噺を発掘して演ってますが、“この噺が面白くなる”と判断する眼力が素晴らしい」

佐藤友美さんはこう分析する。

「落語界の最前線をひた走ってきた方。でもいま、春風亭一之輔さんなど、自分より若い噺家がたくさん出てきて、責任が減った分、かえって自分がやりたいことをやれるようになっているのでは?」

キョンキョンの暴れっぷりを、とくとご覧あれ。

この演目を聴きたい

ハンバーグができるまで

喬太郎さんの新作落語。バツイチの中年男が、急に訪ねてきた元妻に頼まれて、地元商店街にハンバーグの材料を買いに行くことで起こる珍騒動を描く。舞台化もされた。

「おい、ぼーっとしてたぜ、あれ。自殺すんじゃないのか?」
「なんで合挽肉買って自殺すんのよ」
「わかんないよぉ。俺ら精肉店にもわからない、肉のことってあるんだよ、
お前。ひょっとするとうちの合挽の肉の割合はあれじゃないのか?」
「なに?」
「こねてレンジに入れたり凍らせたり、
いろんなことをして天日に干したりなんかすると、
うちの合挽は出るかもしんない。あれ。硫化水素」

擬宝珠

明治時代に活躍した初代三遊亭圓遊の作品を、喬太郎さんが速記から掘り起こした。若旦那が気鬱になってしまい、その原因を探っていくと「擬宝珠がなめたい」と言い出し……。

「五重塔の擬宝珠は旨かったか?
どんな味がした?」
「はい、とてもおいしゅうございました。
塩の効いたたくあんの味がしました」
「お前は親孝行だから、
たくあんの味がするのだろう」

「“喬太郎落語”ができるまで」インタビュー

なぜあれこれ演るんだと訊かれますが、深い意味はありません。

何人もの先輩から「どれかに絞らないと中途半端になるよ」と忠告されたこともあります。でも、新作、古典にかかわらず、滑稽噺も演りたいし、怪談噺も人情噺も全部やりたいんだから仕方ない。我慢する噺家人生なんて真っ平です。

『ハンバーグができるまで』のような現代を舞台にした新作も演りがいがあるし、『擬宝珠』のような演り手がいなくなっていたネタの発掘も面白い。『拾い犬』のような古典落語の世界観を借りた新作も作りますし、三遊亭圓朝の古典落語にも取り組んでいます。

なぜ我慢できないのか。

強いていえば、いろいろ回り道して噺家になったからでしょうね。落語が好きで大学の落研(落語研究会)に入ったのに、卒業後すぐに入門せず、いったん書店員になりました。会社勤めです。だって、自分の口で喋るだけでご飯を食べていくなんて、最初はできるわけないと思っていましたから。「向こう側」の人たちに憧れはあったけれど、私の出る幕はないと諦めていたんです。

書店員の仕事は充実していたんですが、やっぱり落語が忘れられなくて、1年半で辞めて、この世界に飛び込みました。入門が遅かったからこそ、好きなように演らせてもらっています。

決して一度きりの人生だから思いっきり勝負だ、なんて前向きな気持ちだけじゃありません。全部が一生のうちにできるわけじゃない、なんてこともわかっています。生まれ変わったときの次の楽しみに取っておこう、ぐらいの気楽な了見で、やれることから順に手を出しています。

新作も古典も全部演りたいから演る!

中年男の等身大を描く

だいたい素の自分はいじいじしているんです。基本的に後ろ向きな性格。面倒くさいヤツなんです。私が自分と友人だったら辟易するでしょうね。

でも考えてみれば、いつも前向きで元気なんていうヒーローのような人間はほとんどおりません。人間、どっかに「いじいじ」を抱えている。

『ハンバーグができるまで』の主人公のバツイチの中年男も、いじいじしています。

いつもは出来合いのものを買っていく中年男が、急に合挽肉とかパン粉を買うもんだから、商店街の人たちが「これはおかしい、死ぬんじゃないか」と騒ぎ出す、という噺ですが、中年男の等身大の姿を描いています。

実は最初から狙ってそういう展開にしようと思ったわけじゃありません。生きざるを得ないから生きているというような、そんな前向きじゃない「仕方なさ」を描こうとしたら、ああいう噺になっていったんです。

とんでもなくいじけている、というわけじゃないけれど、どこか後ろ向きで、人生に諦観がある。その世界観に、共感してくれる人も世の中にはいるんだと思います。

落語には人間が滲み出る

「芸は人なり」は、うちの大師匠・五代目柳家小さんの名言として知られていますが、うちの師匠の柳家さん喬も、「芸を磨くより人を磨け」とよく口にします。

立川談志師匠は、落語というのは「己を語る」ことなんだと言っていました。

あえて積極的に「己を語る」と言い切った談志師匠と、落語には自然と人が滲み出ると語っていた小さん師匠は、同じ方向を指しているように思います。

私の落語にも、私という人間が出ます。いじいじしている私、という人間がいるから、『ハンバーグができるまで』もできるし、謎の奇病に苦しむ『結石移動症』なんて噺も生まれる。さらには、女の子にもてない学生が主人公の──ほとんど私のことですが──『純情日記』シリーズも誕生する。

もちろん、いじいじ一辺倒というわけではなく、馬鹿馬鹿しいだけの噺も作れば、ほろっとする噺も演る。

だって人間の中には、いろんな自分がいるわけだから。いろんな自分がその都度、滲み出ている。滲み出ちゃうんだから仕方ない、という言い方もできます。

芸人というのは、本来、真っ当な商売じゃありません。後ろ指を指されていた時代もありました。

自分が話したいことを話して発散していれば商売になるんだから、こんないい加減な仕事はない。同時に、こんなありがたい環境はありません。定年もなく、生きていれば100歳になっても高座にあがれるわけですから。

それなのに、後ろ向きにいじいじしているだなんて、甘ったれるにもほどがありますよね。苦労しないとバチが当たります。好きなことで飯を食っているヤツは苦しまなきゃ、バチが当たるんです。

人生の半分が過ぎて、体のあちこちにがたが来ています。膝を壊して正座もできません。3年後に40周年を迎えます。苦労するのはわかっているけど、それでもやりたいことは思い描いてますよ。

 芸人は苦労しないとバチが当たる商売だよ!

「令和の名人」推薦者(特集内の評論を担当)

佐藤友美さん(演芸専門誌『東京かわら版』編集人)
幼少期から伝統芸能に親しみ、『東京かわら版』編集部へ。寄席演芸の普及に尽力。4月に『東西寄席演芸名鑑3』を刊行予定。

杉江松恋さん(作家・文芸評論家・演芸プロデューサー)
推理小説の書評や小説執筆のかたわら、落語会や浪曲会を主宰。夢枕獏『陰陽師』を天中軒すみれさんのために脚本化。著書多数。

橘 蓮二さん(演芸写真家・演芸プロデューサー)
落語、講談、浪曲を中心に漫才、神楽など演芸全般の舞台や楽屋、ポートレートを撮り続ける。落語会のプロデュース、著書多数。

取材・文/角山祥道 撮影/橘 蓮二、塚田史香、山崎真由子

※『サライ』2026年4月号より転載

4月号大特集はサライ「演芸」令和の名人です

 

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