打ち捨てられた旧ソ連の廃墟の声を聴きに
『旧ソビエト連邦を歩く』 星野 藍著

写真家・星野藍を突き動かしたのは、東日本大震災だった。故郷福島が、誰も住めない廃墟になるかもしれないという恐怖は、各地に点在する「廃墟」を他人事とは思えなくさせていたのだ。
星野は震災の2年後、ウクライナのチョルノービリに向かう。同じく、原発事故で捨てられた地だ。
しかし、実際にここで目撃したのは、「滅んだあと」ではなかった。ここには、人の生きた証があった。かつては輝いていた何かがあった。旧ソ連時代の営みのあとも残っていた。
星野はそれを、《生の残響》と名付けた。生の残響が強く響く地──15の旧ソビエト連邦構成国の「崩壊のあと」をこの目で見たい。記憶を記録したい。
本書はひとりの女性写真家による、10余年に及ぶ、人々の記憶と巡る旅の記録である。
砂漠の中の錆びた船
たとえばカバーに写るのは、モスクワ郊外の丘の上に鎮座する、廃墟化したレーダー基地だ。丸い外枠だけ残され、誰からも顧みられないまま、不要になった軍事基地は、ただ打ち捨てられている。
中でも、ウズベキスタンの旅は、本書の旅の性格を物語っていた。広大な砂漠の中に、なぜか錆びた船体がいくつも取り残されている。船の墓場だ。実はここは、アラル海だった場所なのだ。
旧ソ連は、綿花の大規模栽培のため、アラル海に流れ込んでいたふたつの河川を、農地へと引き込んだ。世界4位の大きさを誇った湖は徐々に干上がり、30年も経たぬうちに面積は10分の1に減少。「20世紀最大の環境破壊」といわれる悲劇だ。
ウズベキスタンの市内には、ソ連時代に建設されたアパートが、いまだいくつも立ち並ぶ。美しいモザイク壁を前に、星野は《可愛い》と思わず声を漏らすが、中央アジア出身者から、《ここには可愛さは見当たらない》と否定される。美しさの裏側には、ソ連に奪われた人々の暮らしがあったのだ。
想像しなければかつての負は見えない。星野は自分の不足を隠そうとせず、批判を甘受する。それは誠実な態度だ。本書の写真や紀行も、見た物をそのまま写し取ろうとする、誠実なものだった。
世界の分断はこうして進んでいく
『「キャンセル・カルチャー」パニック パニックを生み出す言説空間』 アドリアン・ダウプ著

「キャンセル・カルチャー」とは、近年、耳にすることが多くなった言葉だが、これは特定の個人や企業の過去の言動を批判し、社会的に排除、ボイコットしようという動きのことだ。この言葉がいま世界を席巻し、分断の火種になっている。右派は──たとえばトランプは、キャンセル・カルチャーは《全体主義》だと糾弾。左派は、こうした批判は差別を肯定するものだと息巻く。本書は、欧米におけるキャンセル・カルチャーの動きを丁寧に追った本だ。たとえばマスコミやSNSが、火のないところにキャンセル・カルチャーの火種を生んでいく過程が、見事に活写される。人々が何に突き動かされるのか、その実態がここにある。
名古屋からアイドルの実情が見える
『ゼロからのアイドル学 聖地で見る推し文化の現在地』 堀井聡子著

年末のNHK紅白歌合戦では、演歌勢の衰退を尻目に、実に8組のアイドルグループが出場した。中には、ライブ中心に活動する「地下アイドル」出身のグループもあった。本書は、中日新聞記者である著者が、名古屋という地から「アイドル」の謎を追ったレポートである。実は名古屋は、こうした地下アイドル、ご当地アイドルの聖地なのだという。2025年現在、名古屋のアイドルは176組(東海4県に広げれば201組)。大阪や福岡と比べても段違いに多い。なぜアイドルになりたがるのか、なぜアイドルを推し続けるのか、なぜ名古屋が多いのか、アイドル文化とは何なのか。アイドルのさまざまな謎を、丹念な取材を通して探っていく。
選・文/角山祥道
※この記事は『サライ』本誌2026年4月号より転載しました。












