
この1年ほど、“おぢアタック”という言葉がニュースやSNSを賑わせている。この言葉は、男性が、10歳以上年下の女性に、食事や遊びに誘うことを揶揄したスラングだ。使われ始めたのは、2025年夏ごろ。結婚相談所やマッチングアプリで、35歳以上の男性が年の離れた若い女性に、見合いやアプローチをする行為をいい、一気に広まった。
晴美さん(62歳)は「定年したばかりの頃、私は“おばアタック”をしていましたね」と苦笑する。生活資材を扱う企業で、新卒から38年間勤務し、1年前に定年退職した。退職直後に適応障害を患い、現在は回復しつつある最中だという。
「手に職を持ちなさい」という母に育てられた
晴美さんは、建築や生活資材を扱うメーカーに新卒で入社した。
「1987年入社だから、バブルの真っ最中です。世の中全体が浮かれていて、社会全体が、“日本は無敵だ!”みたいな感じになっていたから、今とは真逆ですよね。とはいえ、今のほうがいい時代と言えるのは、社会全体の男女差別が当時は激しかったから」
晴美さんは名門女子大を卒業している。
「当時は偏差値が65以上ありました。そのクラスの大学で、男性だったら大企業や財閥企業にも余裕で入れたと思う。でも女性だしコネもないから門前払いで。私が勤務していた会社は、当時それほど大きくなかったから、なんとか拾ってもらえたんです。社会全体が、“女の子は結婚して寿退社するんでしょ”と思っていましたから」
しかし、晴美さんは結婚せず、そのまま勤務を続ける。
「私が結婚しそびれたのは、いい家庭で育ってなかったから。幸せな結婚のイメージができないんですよ。私たち世代の親は、戦争前後に生まれて抑圧をされている。命や個人の尊厳、人の優しさや思いやりを否定する社会で育っていますからね」
戦後「お国のため」が「会社のため」になり、がむしゃらに働いた世代だ。
「父は大手企業に勤務していましたが、何よりも会社優先。家で気に入らないことがあると物を投げたり大声を出すから、母はいつも父の顔色をうかがっていました」
晴美さんも弟も「あなたたちがいなければ、離婚できたのに」と言われながら育ったという。
「そんな母だから、私に“手に職を持ちなさい”と言い続けていました。就職が決まったとき、誰よりも喜んでくれたのは母です」
晴美さんが35歳のときに、父は定年退職する。その週末、母に呼び出された。
「すると、母が震えるほど緊張していました。そして、私の手を握りながら、父に対して母は“私も妻を定年します”と父に宣言し、逃げるように実家に戻ってしまったんです。それから母は1年間家に帰りませんでした。父が追いかけてくることを想定して、母は友達と1か月のヨーロッパ周遊の旅に出かけました。帰国後も父と鉢合わせしないよう、英語塾や保育園でアルバイトを掛け持ちしていたそうです」
孤独に耐えかねた父が、実家に迎えに行く。しかし母は帰らない。父は何度も通い、最後は父が母に懇願した結果、母は家に戻ってきたという。
「なんと2人はその後死ぬまでラブラブでした。夫婦ってわからないものですよね。両親がもう少し早く仲良くしてくれていたら、私も結婚していたかもしれない」
【制服を着たくないから、総合職になる……次のページに続きます】











