山笑う頃、風薫る頃、鉄路沿いには心躍る風景が広がる。車窓から花景色を望み、花の名所を巡る。島根県・広島県を通るJR木次線の桜をご紹介。見どころは3月下旬〜4月上旬。

100年以上の歴史を紡ぐ斐伊川堤防桜並木。桜とともにある日常を旅する

昭和12年(1937)に全線開通した木次線は81.9kmの単線非電化路線。1両編成の気動車が島根県から中国山地を抜け広島県まで走る。

JR 木次(きすき)線( 宍道駅〜備後落合駅)は、かつては山陰(島根県)と山陽(広島県)を結ぶ「陰陽連絡線」として、貨物輸送を担い急行列車も運転される主要路線であった。しかし、山陰と山陽を結ぶ主要ルートは伯備線がとってかわり、高速バスが運行を始めると徐々に乗客は減少し、現在は「系統分割」(全線直通をしない運転の形態)を含め、木次駅発着は1日に1〜3時間間隔の運転となっている。宍道駅〜備後落合駅まで直通運転されるのは、下り2本、上り3本のみだ(※2026年2月時点)。

超ローカル線というべき木次線は今も地元の重要な足。観光列車の「あめつち」が乗り入れるなど、奥出雲を巡る観光路線としても注目されている。

鉄道写真家の中井精也さんは木次線の見どころをこう語る。

「木次駅近くの斐伊川堤防の桜並木が見事です。もうひとつ、鉄道カメラマンとしては険しい中国山地を越えるための、スイッチバック(出雲坂根駅〜三井野原駅間)を推したいです。木次線は、お花見とスイッチバックの体験が堪能できる2度おいしい路線です」

スイッチバックというのは、列車が急斜面を上るために、進行方向を変えながらジグザグに進み高度を上げることをいう。出雲坂根駅(標高564m)と三井野原駅(同726m)間は、ひと駅で162mもの高低差がある。

川沿いに桜のトンネルが続く

木次に春の到来を告げる斐伊川堤防の桜のトンネル。平成2年(1990)、日本さくらの会より「日本さくら名所100選」に選定。

桜並木が続く斐伊川の堤防は、木次駅からほど近い。斐伊川流域はスサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した伝説が残る、神話の舞台でもある。

川の土手に桜が植えられたのは明治の末のころ。昭和の初めになると土手の両側に植樹され、今に続く「桜のトンネル」の基本形が整う。現在は、地元の桜守を中心に桜の保全管理と育成が熱心に行なわれ、満開時はおよそ2kmにわたり約800本の桜のトンネルが続く。中国地方屈指の花の名所は花見客で賑わい、山陰の長い冬を通り抜けた解放感に満ちる。

桜を満喫しながらの木次線の鉄道旅は、運転本数が少ないこともあり、余裕を持った旅程で出かけるのがよいだろう。

木次駅に停車中のキハ120形気動車。左側の車両は木次をイメージしたラッピング列車で、公募で「さくら号」と名付けられた。

桜を植え、育て、守ってきた先人たちの思いを継ぐ

塩漬けした桜のつぼみを、平らなザルに均等に並べて陰干しする。放射状に美しく並んだ様子は「桜花火」と呼ばれている。写真/つちのと舎

桜と暮らす町、木次を歩く

島根県東部にある木次(島根県雲南市木次町)は、古くから山陰沿岸部と奥出雲を結ぶ交通の要衝として栄えてきた。

木次駅前より続く旧道沿いは、昭和から刻が停まったままのような家並みながら、そこにある商店の多くが今も営業を続けており、人の暮らしを感じる街道である。

街道から一歩入ったところにある、桜の塩漬けを製造する工房を訪ねた。出迎えてくれたのは、つちのと舎(や)代表の三瓶裕美さんだ。

三瓶さんは東京から雲南市に移住して15年、“農のある暮らし”を軸に地域のさまざまな活動に携わってきた。そのひとつに桜の塩漬けがあった。「桜のまち」を掲げる雲南市で地域の特産を活かそうと、市民グループが2010年ころに「木の花(このはな)工房」を起ち上げ、桜の塩漬け事業を開始した。その事業を引き継いだのが三瓶さんだ。

ネットで資金を募り事業継続

「木の花工房直伝 おいしい桜」。右が桜ごはん用、左が桜茶用。共に880円。製造・販売はつちのと舎や (電話:080・4130・0225)。

「最初は木の花工房で塩漬けを手伝っていたのですが、スタッフの高齢化などもあり私が引き継ぐことになりました。その矢先、2024年に食品衛生法が改正され、漬物の製造販売は保健所の許可制となったのです」(三瓶さん)

法改正により、製造施設や設置基準などが厳格化され、改修費用が大きな負担となった。

「そこで、急遽ここに新しい工房を作り、費用を補うためにクラウドファンディングに挑戦したのです。お陰様で目標額を達成し、昨年5月に営業許可を取りました」

塩漬けには、市内で育成された八重桜(関山)を使う。1輪ずつ手摘みで収穫し、洗浄後、塩と梅酢に漬け込みザルに並べて陰干しをする。すべて手作業だ。

この春、三瓶さんの工房で手がけた桜の塩漬けが販売される。商品名には、三瓶さんが“秘伝”を授かったことから「木の花工房直伝」と添えられている。

桜の塩漬けを使った「酵母スコーン(桜とアーモンド)」350円。カヌカでは発酵技術を使いオーガニック菓子を製造・販売する。
●発酵菓子カヌカ 島根県雲南市木次町里方86-3 電話:080・4437・9798 営業時間:休日・土曜:10時〜16時、火曜・木曜:12時〜16時 定休日:不定 交通:JR木次線木次駅より徒歩約7分

「焼き鯖寿司」は木次の伝統食

工房を出て街道に戻ると「焼きさば」ののぼり旗が見えた。店頭で鯖を焼くのは、『石田魚店』の5代目、石田裕貴さんだ。

左上から、時計回りに焼き鯖を混ぜ込んだ「バラ寿司」(1.5人前680円)、「焼き鯖棒寿司」(1200円)、「桜寿司」(4個550円)は、バラ寿司を押し寿司にして桜の葉で包んだ。

「交通が発達していない時代、日本海で獲れた生鯖の鮮度は木次が輸送の限界点で、ここから先は、焼き鯖に加工して運んだと聞いています」(石田さん)

いつしか焼き鯖は、木次の伝統食になったという。焼き鯖寿司は、予約しておけば弁当(お茶付きで1000円)にして、列車の時間に合わせ駅ホームまで届けてくれるので、車中の「駅弁」として楽しみたい。


店頭で焼かれる鯖。足の速い鯖をさらに遠方まで届けるために、丸ごと串に刺して焼き日持ちさせたことから、木次に焼き鯖の食文化が育った。
●石田魚店 島根県雲南市木次町木次448 電話:0854・42・0214 営業時間:9時〜18時30分 定休日:日曜 交通:JR木次線木次駅より徒歩約5分

案内人/中井精也(なかい・せいや)さん(鉄道写真家)

鉄道車両のみならず、鉄道にかかわるすべてのものを独自の視点で撮影。現地に吹く心地よい風が伝わってくるような「ゆる鉄」というジャンルを確立。著書に『ゆる鉄絶景100 中井精也写真集』など多数。

取材・文/宇野正樹 撮影/藤田修平

 

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