出身は下層階級、織田信長の「草履取り」から天下人となる秀吉のサクセスストーリーはドラマチックなエピソードをはらみ、時を超えて庶民に親しまれてきた。そんな秀吉の英雄像はどこから生まれてきたのか。秀吉の伝記群を研究する、竹内洪介さんにその“出処”を聞いた。

「時代を反映してヒーロー像が移り変わります」竹内洪介さん(就実大学講師)

江戸期には庶民の憧れとして描かれた

屏風で一覧する秀吉の生涯
『絵本太閤記』の挿絵を模写、江戸時代後期に描かれた。人物が歌舞伎役者風に強調されている。

秀吉伝説のルーツ

秀吉の最初の伝記『天正記』。天正年間(1573~92)の秀吉の実績を、秀吉の命令で大村由己が著した。
小瀬甫庵の『太閤記』(寛永3年刊)。甫庵は豊臣秀次にも仕えた医師で儒学者。『天正記』などを参考に秀吉の生涯を描いた。

「秀吉のイメージづくりは存命中の桃山期に遡ります。秀吉は御伽衆(※)に命じて自身の伝記を書かせていました。それが『天正記』です」

江戸時代に入ると、『天正記』などの伝記をもとに医師で儒学者の小瀬甫庵が『太閤記』を著す(1626年頃)。一般に「太閤記」というと甫庵版を指すが、そこから数々の「太閤記」が派生する。

「甫庵の『太閤記』は儒学的な立場から書かれていてやや難解、秀吉を英雄として評価しながら、その失策も指摘し徳川の天下を讃美しています」

そんな、いわば上流階級向けの秀吉イメージが庶民に伝わってくるのは、江戸後期に出版された『絵本太閤記』(1798年頃)の登場の頃だ。講談本が基になっており、秀吉の天下取りまでのストーリーが挿絵とともに展開する。秀吉が信長の草履を懐に入れ温めた逸話や、墨俣(岐阜県)に一夜で城を築いたなどの伝説が盛られた痛快な読本として、幕末まで売れるロングセラーとなった。

「売れすぎて幕府から絶版させられます(1804年)。所持するだけで罪に問われることもあるのですが、しだいに権力のコントロールが利かなくなってきます」

※主君に仕え書物の読み聞かせや講釈する役。

戦後は立身出世の理想像

竹内さんは、いくつもの「太閤記」で語られる様々な秀吉像に真贋は求めないという。

「450年後のわれわれが、歴史上の秀吉を正確にとらえるのは、そもそも無理があると思います。私としては、秀吉を媒介としてそれぞれの時代が太閤をどのように映してきたかに興味があります」

幕末・明治には、朝鮮出兵をした「外征の英雄」として、国家意識が盛り上がる気運の中で高く評価された。戦後は、高度経済成長時にサラリーマンの立身出世の理想形として語られ、元首相の田中角栄は「今太閤」と称された。

「令和の今、豊臣秀長のように、秀吉を支えた努力家が評価される傾向があります。一方、秀吉は癖のある人物像が強調されがちです。英雄・秀吉の多面的な魅力は、時代を反映して変容し続けます」

大ベストセラーにして決定版

庶民に秀吉のイメージを植え付けた『絵本太閤記』。挿絵は岡田玉山。

派生作も次々に登場

海賊版を含め関連本が次々に出版された。
歌舞伎の役者絵。維新後も秀吉の人気は衰えず、明治12年(1879)1月に上演された演目では、四代目・中村宗十郎が秀吉を演じた。

解説 竹内洪介さん(就実大学講師)

平成6年、三重県生まれ。北海道大学大学院博士後期課程修了。専門分野は日本近世文学。「太閤記」研究の第一人者。『絵本太閤記屏風』(左上)など、貴重な資料の収集も続ける。

取材・文/宇野正樹 撮影/太田裕子

※この記事は『サライ』本誌2026年2月号より転載しました。

2月号は大特集『謎解き「豊臣秀吉」』

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2026年
5月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

市毛良枝『百歳の景色見たいと母は言い』

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店