A:狂歌の会というのは、この時代、あちこちで開催されていました。身分を超えて大流行した狂歌は、仲間たちと集まって宴会しながら詠み合うのですが、わりと一流の料亭なんかで開催されていたようです。よく、当時の文化人のサロン、といったような言われ方をしますが、水樹さんの表現がまさにどんぴしゃだと思いました。
小学校の頃、私、百人一首クラブに所属していたこともあって、あ、この歌知ってる、これをパロディーにしてるんだ! あ、ダジャレになってる! おもしろい! と、元ネタがわかってより楽しくなりました。狂歌って、知識教養があればあるほど、そういったパロディー作品もたくさん詠めるんです。今でいうラップバトルじゃないですけど、即興で、例えば「お題は〈うなぎに寄する恋〉!」と決まると、その場でどんどんみんなで詠んでいく。瞬発力と構成力、センス、そしてどれだけいろんな知識を持っているかで、選ぶワードが変わってくるんです。智恵内子はものすごく教養のある方なんだなと感じました。同じテーマでも、キャラクターによって全然詠む歌が違ってきます。男性陣は下ネタになったりもするんですよ。それを聞いて、この時代の女性ってどう反応するのかなぁなんて思いながら演じるシーンもありました。格式張っていないからこそのおもしろさがあり、ポップカルチャーとして庶民の間で親しまれるものになっていった魅力をすごく感じました。普段は会えない人たちが狂歌というひとつのツールを使って集まることができる、そしてそれを理由に飲み会になっていく。最後はもう羽目を外して飲めや歌えやの宴になっていくんですね。歌をきっかけにみんながつながっていく集まりです。
I:狂歌って、今の文化だと何にあたるだろうと考えていたんですが、ラップバトル、ポップカルチャーっていわれると、それだ! って思えますよね。マスコミなど華やかな世界にいる人はもちろん、昼間は硬い仕事をしている人でも、クラブに集まればみんな仲良しみたいに、パリピが集まって楽しんで、そこから新しいものが生まれていく、みたいな感じだったのかもしれませんね。
楽しみながら作ったもの、今までにないものに魅力を感じて惹きつけられて、それが話題になって……というのは、当時も今も変わらないんじゃないかなと思います。やっぱり蔦重はアンテナをものすごく張っていて、これは流行る、これはおもしろいっていうものにいち早く目をつけていくんですよね。現代においても、これまでにないもの、見たことがないもの、想像の上をいくものに感動を覚えたり、「こう来たか!」「やられた」と、思わず手に取ってしまうところもあると思うので、ものすごく共通していると思います。アイディア勝負というところも共通しているんじゃないかなと思います。私はライブの演出を考えたり曲や詞を作るのですが、いつも新しい何かおもしろいことができないかと考えていているところは、蔦重の精神に近いところはあるんじゃないかなと。もちろん蔦重には足元にも及びませんが(笑)。ものづくりという部分ではすごく共通しているところがあると思います。
A:こういう文化的土壌ができたのも、田沼意次(演・渡辺謙)が築き上げた経済主体のおおらかな社会が形成されていたからということも忘れてはいけません。今後、ドラマでは蔦重がこの狂歌の世界にどっぷりつかっていくわけですね。それにしても、狂歌の会のシーンのお話は、水樹さんのテンションからも空気感が伝わってきますね。こういうテンションの高いシーンだと、撮影現場の裏側も盛り上がっていそうですよね。
宴会の時、蔦重がはじき飛ばされるシーンがあるのですが、さすが横浜さん、何回も受け身の取り方を検証していました。今回はアクションがない大河ドラマなので、ここでアクションを入れ込みたいとか、派手に飛ばされたいとおっしゃっていて。どうすると激しく見えるかなと何回も転がって。私の近くに飛んで来ていたので、「大丈夫ですか?」って声をかける前に、「みなさん、大丈夫ですか?」と気遣ってくださって。限られた時間の中でみなさんが自分の持ち味やアレンジを取り入れていく姿に感動しました。
A:横浜流星さんらしいエピソードですね。水樹さんによると、宴会撮影の現場のムードメーカーは桐谷さんだったようです。
智恵内子が下ネタ狂歌を聞いた時のリアクションを見た桐谷さんが「それ、おもろい」といってくださって。それでちょっとほっとしましたし、とても励みになりました。でも、そのリアクションがオンエアで採用されているかどうかはわかりません(笑)。撮影現場は長丁場になることが多いのですが、その現場を桐谷さんが盛り上げてくださっていて。表情や言い回しでみんなをリラックスムードにしてくださったりしていました。桐谷さんは若手俳優さんたちとよく筋トレの話をされていて、「今はどんなトレーニングしてるの?」「あれは辛いよね」なんて話しているのがすごく印象的で。私も筋トレしているので、そこに混ざりたいと思いながらうずうずしてます(笑)。夫婦役のジェームス小野田さんと一緒にいることが多いのですが、ジェームス小野田さんが現場ですごく気さくにいろいろお話ししてくださったおかげで、緊張がほぐれてリラックスして挑むことができました。関智一さんが地本問屋の奥村屋源六役で出演されていますが、実は18歳の時に出演した特撮ドラマも関さんとご一緒させていただいていたんです。なのでまたこういう形で巡り巡って共演できて嬉しいなと思っています。でも、出演シーンが一緒ではないので、なかなか現場でお会いする機会がなくて。撮影に挑む前にご相談したいと思いつつできないまま収録当日を迎えてしまいました。
I:よい現場なんですね。
A:ジェームス小野田さん演じる元木網の姿が坊主頭なんですが、これは「兀山月」という智恵内子の狂歌に基づくキャラ設定だと思われます。〈てらてらと月のかつら男さす影も はづかしげなる老のはげ山〉という狂歌ですが、おそらく夫をちゃかしている歌なのではないかと。
I:なるほど。それにしても、初めての大河で戸惑うことも多かったのではないでしょうか。
ドラマの現場でのしきたりというものがまったくわからずアワアワしていました。歌の現場では必ず音響さんがマイクのスイッチングを行なうのですが、大河ドラマの撮影ではマイクのオンオフを自分で行なうんです。ピピピってお知らせするセンサーがスタジオ入口にあって、モニターに映っている自分の姿を見ながらスイッチを押して入るとか、そういうちょっとしたことも分からなくて、「水樹さんのマイクがオフになってます」とお手数をおかけしてまったり。小物の管理も自分で行ないます。実は私、数年に一度座長公演というものをさせていただいていて、お着物を着て演歌を歌って時代劇をするというステージなんです。そして幼い頃から演歌を歌っていて、演歌歌手を目指していたということもあって、実は和装って身近にあったものではあったんです。でも今回、日本髪の鬘を初めて装着して、その重さにびっくりしました。町人でこれだけ重いということは、花魁の皆さんは本当に大変なんだなって。重みで後ろに引っ張られちゃうので、出番がない時は前かがみになって待機していたりして。お着物ですから、長時間になってくるとだんだん苦しくなってくるし、正座も厳しくなってくるので、皆さん本当に過酷な中、撮影をされているんだと改めて感じました。そして、セットの作り込み方が素晴らしくて、本当に感動しました。私もライブのセットでいろいろ作り込むのですが、それとはまた違う細やかさがありました。
A:大河初出演の水樹さんの新鮮なお話、おもしろいですね。当欄ではこれまで地口について言及してきましたが、これからは狂歌にも大注目でいきたいですね。先程お伝えした狂歌の他、水樹さん演じる智恵内子の狂歌をいくつか探ってみたのですが、割と上品な作が多い印象です。上品、女性らしさ。でも宴会の時にははちゃめちゃになる。そのギャップを楽しみながら見たいと思います。

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。同書には、『娼妃地理記』、「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらいいのね)」も掲載。「とんだ茶釜」「大木の切り口太いの根」「鯛の味噌吸」のキャラクターも掲載。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
