

イトリーフ」。秩父蒸溜所で熟成されたモルトとグレーンをブ
レンドした同社の定番品。4235円。
写真提供/ベンチャーウイスキー
ウイスキーの歴史を遡れば、1172年のアイルランドにおいて「ウスケボー」という蒸留酒が存在したとの記録がある。それを起源とすれば、ウイスキーは800年以上の歴史を持つことになる。
その後、スコットランドにも蒸留技術が伝わり、スコッチウイスキーとして発展。アイルランドと共に、世界のウイスキー文化を牽引してきた。そのウイスキー製造が日本で本格的に開始されたのは、大正12年(1923)。サントリーの前身である寿屋が、京都と大阪の境に山崎蒸溜所を建設し、わが国のウイスキーの歴史が始まる。
世界のウイスキー事情に詳しい土屋守さんに、近年人気が高まる「ジャパニーズウイスキー」の「今」を語ってもらった。
「新たなる技術的な革新と、さらなるテロワールの追求に注目」
「世界的に見れば、ここ10数年ほどの間にウイスキーをめぐる動きは、800年の歴史の中で、もっとも激しい変化を見せています。そのひとつが蒸留所の多様化です。大手がシェアを占めるスコッチの産地でも、小規模な蒸留所が誕生し地域に根ざした個性的なウイスキーを造り始めました。日本でもその動きに呼応するように、志を持った蒸留所が誕生しています」
現在、国内では100余りの蒸留所が稼働しているとされる。そのほとんどが小規模で「クラフト蒸留所」と呼ばれる。そこで熟成されたウイスキーが「クラフトウイスキー」である。クラフト蒸留所の先駆けとなったのがベンチャーウイスキー(埼玉県)だ。
「創業者の肥土(あくと)伊知郎さんが秩父で蒸留を開始したのが、2008年の2月です。当時は国産ウイスキーの売り上げがピーク時(1983年)の約6分の1まで落ち込んでいた低迷期でした」
各地にクラフト蒸留所が誕生
ウイスキー冬の時代を抜け出すきっかけになったのが、サントリーがテレビCMで仕掛けた「角ハイブーム」(2008年〜)と、国産ウイスキーの生みの親、竹鶴政孝をモデルにしたNHK連続テレビ小説『マッサン』(2014年)だった。再びウイスキーに注目が集まる時代が到来した。
2011年にベンチャーウイスキーが秩父で蒸留したシングルモルトを世に出すと、たちまち評判になった。同社が造る「イチローズモルト」シリーズはクラフトウイスキーの象徴的存在となり、ジャパニーズウイスキー隆盛の火付け役となった。
「2016年に厚岸蒸溜所(北海道)、ガイアフロー静岡蒸溜所(静岡県)、長濱蒸溜所(滋賀県)、マルス津貫蒸溜所(鹿児島県)などが相次いで操業を開始、それぞれの環境下で、個性的なジャパニーズウイスキーが生まれてくるのです」

地元産の原料と樽で新たなウイスキー造りに挑む
「日本のクラフトウイスキーは、2008年の秩父蒸溜所から始まったといってもよいでしょう」
と土屋さん。ベンチャーウイスキーの成功を契機に、2016年以降各地に蒸留所が立ち上がり、熟成されたウイスキーは国際コンテストで次々に賞を獲得していった。ウイスキー造りに挑戦したのは、焼酎、日本酒などの酒造メーカーのほかに、厚岸蒸溜所やガイアフロー静岡蒸溜所など異業種から参入したメーカーもある。
今、バーに行けば日本のクラフトウイスキーが、世界の名だたる銘酒と肩を並べて棚に収まり、外国人観光客がジャパニーズウイスキーを飲みにやってくる。ジャパニーズウイスキーの人気は変わらず続いている。
はたしてこの人気は本物なのか。これから、ジャパニーズウイスキーに求められるものは何なのだろうか。
「ひとつはツーリズムとしての蒸留所です。見学者を積極的に受け入れることでその蒸留所のファンを増やし、ひいては地元観光や経済に貢献します。現在、成功している蒸留所の多くが見学に力を注いでいます。そしてもうひとつは“テロワール”の追求でしょう」
テロワールとは「土地」を意味するフランス語で、ワインの世界でよく使われる。ブドウ畑周辺の気象や土壌、水、地形などさまざまな自然環境の要因を指し、ワインの質を決める要素だ。ウイスキー造りも、これからはテロワールが重要になると土屋さんは語る。
「これまで、ワインと違いウイスキーは蒸留酒だからテロワールは関係ないと言われてきました。しかし、原料の大麦は畑が違えば味が違う。また、ウイスキー酵母も蒸留所に長い間住み続けた菌があれば、発酵も違ってきます。日本でもそんなテロワールを実践している蒸留所があります」
自社栽培の二条大麦を使う
「宮崎県の山の中にある尾鈴山蒸留所では、自社の畑で原料の二条大麦を育て、麦芽に加工しています。ここは『百年の孤独』で知られる焼酎蔵の黒木本店が開設した蒸留所で、焼酎の蒸留で培った技術を活かしたウイスキー造りを実践しています」
自社栽培の大麦を原料に静謐な森の中で熟成

ヒノキ、ブナ、ミズナラなどが生い茂る尾鈴山山塊(宮崎県)に位置する尾鈴山蒸留所。山域の降水量は年間約3000mm、豊富なミネラルを含む伏流水を仕込み水に使う。写真提供/尾鈴山蒸留所

土屋さんはテロワールの最終段階として、熟成を行なう樽にも注目する。ウイスキー樽には堅牢で加工しやすいオーク材がよく使われるが、近年、クラフト蒸留所では日本産のミズナラ樽を使うところが増えてきた。ミズナラの成分が熟成時に独特の香気とコクを生み出すのである。ミズナラは「ジャパニーズオーク」とも呼ばれる。
「一方、国産のミズナラは水漏れしやすく加工しにくいという難点があります。であれば、樽形の曲げ加工は必要ないのかもしれません。材も栗や山桜などが使えるのではないかなど、研究を進めているところです。日本の豊富な森林資源と優れた木工技術を使えば、新発想の樽の実現は可能でしょう」
もし角形のウイスキー樽が実現したら「樽」の概念そのものが変わってくる。自前の原料を使い、発酵から蒸留、熟成までオリジナルを追求する──これからはそんな蒸留所が増えてくるのだろう。
「ともかく、各地でクラフト蒸留所が本格稼働を始めてまだ10年なんです。しかし、わずか10年で世界のレベルに達しました。テロワールを意識する蒸留所も増えてきました。さらに10年後はどうなっているのか、非常に楽しみにしています」
深い霧が立ち込める海辺の環境で熟成を待つ

北海道東部の厚岸町で2016年より蒸留を開始した厚岸蒸溜所。2020年にシングルモルトを発売。熟成樽はシェリー、バーボンなどに加え北海道産のミズナラも使用する。


解説 土屋 守さん(ウイスキー評論家)

1954年、新潟県生まれ。学習院大学卒業。ウイスキー評論とともにウイスキー文化研究所所長、ウイスキー専門誌編集長としてウイスキー文化の普及に邁進。NHK連続テレビ小説『マッサン』ではウイスキー考証と監修を務めた。
取材・文/宇野正樹 撮影/宮濱祐美子












