蝦夷地を治めた松前藩第８代藩主、松前道廣の生涯｜遊興の果てに永蟄居の処分を受け失脚した松前家当主【日本史人物伝】

「松前藩」の歩み

松前道廣に関連して、「松前藩」の歩みについて紹介していきましょう。

交易に支えられた特異な藩体制

松前藩は、北海道南端の松前を本拠とする外様の小藩です。その始まりは、戦国時代に蝦夷地に勢力を広げた蠣崎（かきざき）氏にさかのぼります。第5代当主・蠣崎慶広（かきざき・よしひろ）は、文禄２年（1593）に豊臣秀吉から、慶長９年（1604）には徳川家康から蝦夷地交易の独占権を公認され、藩としての地位を確立。この間、蠣崎姓を「松前」へと改め、福山館の築城にも着手しました。

松前藩の最大の特徴は、いわゆる石高による土地支配ではなく、蝦夷地（アイヌ）との交易によって成立していたことです。この特異な知行形態は、藩の政治や経済、家臣の待遇、さらにはアイヌ政策にまで大きな影響を及ぼしました。

アイヌ交易から海産物輸出へ

当初、藩の収入はアイヌ交易、砂金、鷹などの特産品によって支えられていましたが、17世紀末以降はこれらが次第に衰退。その代わりに、ニシン・サケ・コンブといった海産物の漁業が盛んになり、松前・江差・箱館の３つの港を中心に商品流通が活発化していきます。

この変化により、藩の財政は場所請負人（交易・漁業の請負商人）からの運上金や、沖ノ口番所で徴収される諸税が主な収入源となり、松前藩は全国的な俵物（長崎向け輸出品）の産地としても重要な役割を担うようになります。

幕府直轄と移封、そして再興

18世紀末、ロシアの南下を受けた幕府は、北方防衛を強化する必要に迫られます。そのため寛政11年（1799）には東蝦夷地を仮直轄。文化４年（1807）には蝦夷地全域を幕府直轄とし、松前氏は陸奥国伊達郡梁川（むつこくだてぐんやながわ、現在の福島県伊達市）などに転封されました。

しかし、文政４年（1821）には蝦夷地が松前氏に返還され、藩政も再建されます。従来の商場知行制は廃止され、家臣への支給も石高制に基づく金納制へと転換。天保２年（1831）には1万石格に復し、嘉永２年（1849）には幕命によって福山城の築城が始まり、安政元年（1854）の落成をもって松前氏は初めて正式な「城持ち大名」となります。

明治維新とその終焉

安政２年（1855）の箱館開港により、藩の領地の多くは再び幕領とされますが、代地として本州に3万石の領地を得て、松前藩はようやく石高と直結した大名としての体裁を整えました。

しかし、幕末の箱館戦争（明治元年〜２年）では甚大な被害を受け、明治２年（1869）には「館（たて）藩」と改称。そして、その年のうちに、廃藩置県の波にのまれて、長きにわたる松前藩の歴史に幕が下ろされました。

まとめ

松前道廣は、蝦夷地という重要な地域の統治を担いながらも、藩政をおろそかにしました。異国との緊張が高まる中での政治的責任を果たせなかったことは、その後の松前藩にとっても大きな転機となりました。道廣の歩みは、時代の流れと統治者としての自覚がいかに重要であるかを教えてくれる反面教師的な存在ともいえるでしょう。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文／菅原喜子（京都メディアライン）
肖像画／もぱ（京都メディアライン）
HP：http://kyotomedialine.com　FB

引用・参考図書／
『日本大百科全書』（小学館）
『世界大百科事典』（平凡社）
『日本人名大辞典』（講談社）