それでは、正解を発表します!

【クイズ1】
江戸において粋な存在として人気があった辰巳芸者とは、次のどこの芸者でしょう? 江戸城の辰巳の方角にあるため、こう呼ばれるようになりました。

(い)千住
(ろ)品川
(は)新宿
(に)深川

正解(に)
江戸城の辰巳(南東)の方角にあったのは、深川である。正確には深川全域を指すのではなく、富岡八幡宮周辺にあった遊里を「辰巳」「辰巳の里」と呼ぶ。

深川芸者は「辰巳芸者」と呼ばれ、侠客風の鉄火な「ござんす」などの言葉を使い「粋と張り」を売り物とした。黒縮緬の着物に幅広の帯を垂らし、外出の際に左手で裾を引き上げる「左褄」などの風俗を生む。芸者としてはめずらしく羽織を着たことで、「羽織芸者」とも呼ばれた。

【クイズ2】
江戸では舟運が発達し、大川端や深川の堀沿いなどに多くの「船宿」ができました。では、「船宿」の説明として間違っているのは、どれでしょう?

(い)遊里へ行く客を、舟で送り迎えした。
(ろ)屋根船を所有し、川遊び客を乗せた
(は)2階の座敷で男女が密会することもできた
(に)本業は、荷物を買い付け、問屋に卸すことであった

正解(に)
船宿は、江戸っ子の遊興の場であり、男女が密会する場にもなった。物資の売買を仕事にすることはなかった。

【クイズ3】
江戸では、幕府が公認していた遊郭は吉原だけでしたが、実際には江戸四宿などに私娼街がありました。これら色街のことを何と呼んだでしょう?

(い)傾城
(ろ)北国
(は)茶屋街
(に)岡場所

正解(に)
江戸四宿や深川などにあった私娼街を「岡場所」と呼んだ。ちなみに、「北国」とは吉原のこと。南にある品川を「南国」と呼んだのに対するもの。

【クイズ4】
<品川の 客にんべんの あるとなし>
これは遊里としても繁栄した宿場町・品川を詠んだ川柳で、旅人以外にもさまざまな客が来ていたことを表わしています。では、この川柳で示している客層は、「侍」と誰でしょう?

(い)医者
(ろ)僧侶
(は)大工
(に)漁師

正解(ろ)
品川宿で遊んだ客は、「侍」と、にんべんがない「寺」、つまり「僧侶」のこと。幕末の記録によると、芝増上寺の僧と、三田に藩邸のあった薩摩藩士が客の大半だったという。

*  *  *

いかがでしたか? 今回は全問60%越えと比較的簡単な問題が多めでした。

※問題の出典:『第4回 江戸検問題公式解説集』『第3回江戸文化歴史検定(2008年度)江戸検出題問題公式解説集』『“通”になる“粋”になる 江戸検クイズ百問答<文化・世相編>』

取材・文/オノハルコ(晴レノ日スタヂオ)

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