気がつくと口の中に広がっている、嫌な苦味。念入りに歯を磨いてみても、それで解決する問題ではない気がする…。そんなとき、ふと鏡の中を見て、疲れた自分の顔に思わず息を飲む。

そんな経験は、ありませんか?

本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国伝統医学の知恵から、心と体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。

今日は、仕事に忙殺される日々を送る、一人の男性が相談に訪れています。口に感じる苦味を気にしていますが、他にも体の不調があるようです。ちょっと覗いて見ましょう。

【今日のお悩みカード】

相談者|53歳・男性(営業部長)
症状|口の中の苦味が気になる。イライラしやすい。肩や首のこり。

口の苦さの正体は?

「先生、変な相談なんですが……」

そう切り出したのは、営業部長の川崎さん。半年ほど前、忙しさから胃の調子を崩したことをきっかけに、志村先生のもとへ時々通っています。部下30人を束ね、朝から晩まで会議と商談。会食も多く、帰宅はいつも22時過ぎ。休日にも連絡が入れば、仕事モードに切り替わってしまう生活です。

「口の中が苦い。今も感じますが、変な味がする。歯を磨いても、なんとなくその場しのぎで…食事もおいしく感じられないし、口臭がしないか気になる。年をとると、こういうものなのか…」

「それなら、少し伺ってもいいですか?」志村先生は、いくつかの質問を投げかけました。

「最近、イライラしやすくありませんか?」

「…えっ。まあ…じつは今、大口の顧客対応でかなり気を使う局面でして。つい、部下に対して、カリカリしてしまうことは、ありますね」

「あとは、肩や首のこり。ガチガチではないですか?」

「なんで分かるんですか(笑)。ガチガチどころか…、なんだか、水分がすっかり抜け切って、干からびたささ身肉みたいです。触ると、奥のほうがじんわり熱を持っているような気もする」

「他にも目の乾きや、夕方になると顔がほてったり。そういった、気になる症状はありませんか?」

「先生、口の苦さの話ですよ? 目の疲れまで関係あるんですか? パソコンに長く向き合っていると、目もしょぼしょぼしますし、夕方になると顔だけ妙に熱くなることも…。まぁ、あります」

志村先生は、静かに頷きました。

「やっぱり、そうですか。すべてつながっている可能性があります

首をかしげる川崎さんに、志村先生は重ねて尋ねます。

「もうひとつだけ。以前と比べて、判断に迷ったり、悩んだりすることが増えた感じはありませんか?」

川崎さんは、ハッとしたように目を見開き、言葉を失いました。

「……先生、なぜそこまでわかるんですか? 何度も通ってるとはいえ、今日はそんな話、一言もしていないのに…。

じつは最近、小さな決断でも『本当にこれでいいのか』とクヨクヨ考えてしまう。昔は、決断力が売りだったはずなのに…。急に優柔不断になってしまったようで、少し自己嫌悪を感じていたところですよ」

志村先生は、なにか合点がいったように、何度も頷きました。

「これは、念力で当てたわけではないんです。中医学では、どれも『口の苦さ』とつながりが深い、よくあるお悩みなんですよ」

口の苦さは『胆』から始まる

志村先生:「古くから『口苦(こうく)』という言葉で表していますが、この症状があるとき、まず疑うのは五臓六腑の中の『胆(たん)』です」

川崎さん:「『胆』って、胆のうのことですか?」

志村先生:「近いですが、ちょっと違います。『胆』は、消化を助ける働きに加えて、ものごとを判断、決断する精神面の働きも担っています。

ちなみに西洋医学でいう『胆のう』は、『胆汁』を蓄える臓器ですが、この『胆汁』が、非常に強い苦味を持っています。中医学の長い歴史の中でも、二千年以上前から『胆』に熱がこもると口が苦くなることが知られてきました。体のバランスが崩れることで、繊細な口の中に現れてしまう。

川崎さんが感じている、決断を迷うようになったこと、そして口の苦さも、じつはこの『胆』の乱れという、同じ根っこから来ている可能性があります」

川崎さん:「えっ。口の苦さと、迷いが同じ根っこにあるのですか?」

思わず声を上げた男性に向かって、志村先生は力強く頷きます。

志村先生:「では、なぜ『胆』の働きが乱れてしまったか? 次にこれを考えていきましょう」

『胆』と『肝』

志村先生:「まず初めに、『胆』と切り離して語ることができない、五臓の『肝(かん)』という働きについて説明させてください」

川崎さん:「『肝』…肝臓ですか?」

志村先生:「いいえ。中医学では体を巡る要素を『気・血・水』で考えますが、この3つの流れをスムーズに巡らす働きを担っているのが『肝』です。いわば交通整理が役目。

この『肝』と『胆』は表裏一体のペアとして捉えます。切っても切れない関係で、『肝』が健やかであってこそ、『胆』も本来の力を発揮できます」

『胆』の乱れの原因は

志村先生:「川崎さん、いつも相談のときにおっしゃっていますよね。仕事中に気を抜く時間がない。部下からの相談も多いし、取引先への気遣いも大切だと」

川崎さん:「はい。最近は上司からの、成績への詰めもあるし。家に帰ってから仕事の連絡が入ることも多くて、なかなか休まらない」

志村先生は、言います。

「そうした生活が続くと、体は一日中アクセルを踏みっぱなしの状態です。脳はずっと『戦え』『判断しろ』『失敗するな』と命じられているようなもの。

これを中医学で見るなら、『肝』が休みなく働き続け、渋滞を起こしている。『肝気鬱結(かんきうっけつ)』の状態です」

川崎さん:「先生との会話でよく出てくる『気』の乱れが起きている、と」

「まさにそうです。『気』の乱れが続けば、体の内部に熱が生まれてしまいます。『肝』と『胆』は表裏一体ですから、その熱は『胆』にも及び、これを『胆熱(たんねつ)』と呼びます。

つまり、『肝』が疲れて『胆』に熱がこもる。これが口に苦さとして現れる。こういう流れです」

川崎さん:「口の苦さは、仕事のストレスと関係がある…と」

志村先生:「はい。ただ、川崎さんの場合、それだけではないと思いますよ。50代になって、若い頃より疲れが抜けにくい、夜中に目が覚めやすい、ということはありませんか?」

川崎さん:「それは、そのとおりです」

志村先生:「これは、年齢とともに体を潤す力、中医学でいう『陰(いん)』が少しずつ減って、『肝』の『陽気』が昇りやすくなる。『肝陽上亢(かんようじょうこう)』という状態が重なっているのかもしれません。

肩や首のこり、眠りの浅さ、イライラには、ストレスだけでなく、50代になって『肝』の陽気が上に昇りやすくなったことも関係しているでしょう。目の疲れや、夕方の顔のほてり。これも一見ばらばらに見える症状ですが、『肝』と『胆』のバランスが崩れているという、一つの流れで説明できます」

志村先生によると、これらは西洋医学の観点からも説明がつくと言います。

「現代でいうストレス。これが長く続くと、交感神経が優位になり、唾液の分泌が減ります。さらに、胃酸の分泌も乱れることが増えてきます」

「あ…私、以前それで胃を壊しました。西洋医学では、『自律神経の乱れによる消化器官の不調』と言われましたが、中医学では『肝胆の乱れ』と捉えるわけか。表現する言葉は違うけど、捉えている体のメカニズムには共通点がありますね。中医学の面白いところです」

川崎さんの言葉に、志村先生は目をほころばせました。

今日からできる養生

では、ここから「口の苦味」に対して、どんな対処ができるのか、考えていきましょう。かつてストレスから胃を壊した経験がある川崎さん。仕事との向き合い方、ストレスの解消法など、これまでと違う取り組みが必要かもしれません。

「先生、飴やガムを口に入れて、一時的にごまかすのではなく、苦味を作り出している状況に対して、どう改善すればいいのかが、気になります」

川崎さんの問いかけに、志村先生は力強く答えます。

「おっしゃる通りです。症状を和らげることも大切ですが、中医学では、症状を『敵』として排斥しません。いわば、車のリザーブランプ(警告灯)の点灯が、口の苦味です。『なぜサインを発したのか』に目を向け、生活の偏りを整えていくこと。これこそが、本当の解決策になります

川崎さんは、身を乗り出しました。

熱をためない習慣

「おそらく、苦味を感じる時期には、なにか元になるストレスがあるはずです。苦さを感じたときは、『少し熱くなり過ぎていますよ』というメッセージと受け止めて、まずは深呼吸。

そして、イライラするからといって、暴飲暴食に走るとよけいに不調をこじらせてしまいます。ゆっくり食事を味わう時間をとりましょう。胃腸への労わりが大切です。そして、できるだけ生活リズムを守ってください。

休日は、自然の中でのびやかに過ごすのもいいですよ。なるべく家に閉じこもらず、趣味を見つけて楽しんでください。50代は、若い頃のように気力だけで走ることができる年代ではありません。いつもお伝えしているとおり、『気』を巡らすことを意識します。

体を休ませることは、サボることではありません。むしろ、『肝』の高ぶりを鎮めるための大切な時間。深呼吸や、自然の中で過ごすこと、そして眠ることも『胆』にこもった熱を鎮め、上がり過ぎた『陽気』を穏やかに落ち着かせることになります」

相談の効果と、心強い処方

帰り際、川崎さんの表情は来たときよりずっと柔らかく、晴れやかになっていました。

「先生、原因が分からない、不快な症状を抱えているときが、一番不安だったんです。仕事のプレッシャーが大きい中で、体調まで崩すと、本当に追い詰められた気持ちになる。聞いてもらえて、ずいぶん気が楽になりましたよ」

いつもの漢方薬を用意しながら、志村先生は返します。

「いつもの処方に加えて、不安を鎮める漢方薬もありますが、いかがでしょうか? 『胆』にはたらき、クヨクヨ考えることが減り、判断や決断がスッキリできるようになります。口の苦みも楽になると思いますよ」

「それは、ぜひ試してみたいです。体に合うといいなぁ」

処方薬を手にし、川崎さんは軽やかな足取りで部屋をあとにしていきました。

おわりに

「口が苦い」という悩みは、頑張り続けているあなたへ体が発した警告灯です。踏み続けてきたアクセルを少し緩める意識と行動が、口の中の苦味を鎮めてくれるはずです。同時に、胸のざわつきも収まるかもしれません。まずは目を閉じて、深呼吸することから始めてみてください。

※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。

中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。

身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。

●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:CoCo美漢方神戸@cocobikobe0310
※ご相談のご予約はインスタグラムからお願いいたします。

●構成・文/もぱ(京都メディアライン)

 

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