夏のイベントといえば、ビアガーデン、ゴルフ、旅行。なかでも、野外の音楽フェスへの参戦を心待ちにしている人もいることでしょう。

でも同時に、頭のどこかでこんな声も聞こえてきませんか?

「炎天下で過ごしたあと、バテたくない」。

イベントを満喫したはずなのに、帰宅後は抜け殻のようになる。
翌日以降の疲れが辛い。
リフレッシュしたのに、どこか気分が暗い。

そんな感覚に心当たりのある人は、少なくないでしょう。

本連載では、国際中医専門員である志村幸枝先生に、中国伝統医学の知恵から、心と体の違和感について、そのサインを読み解いてもらいます。

今日は、夏フェスへの参加を心待ちにしながら、去年の消耗が頭をよぎり、不安を感じている男性が訪れています。

ちょっと、覗いてみましょう。

【今日のお悩みカード】

相談者|55歳/会社員
症状|毎年、夏フェスに参加しているが、消耗が激しく、翌日以降もだるさ、気分の落ち込みが続く。

イベント満喫と、消耗のはざま

「去年も夏フェスに行きましたが、帰ってからの消耗がひどくて。翌日、翌々日になっても体が重い。楽しんだはずなのに、仕事中もなんとなくイライラするし、気分がすっきりしない。

今年も行きたい気持ちはありますが、あの疲れを思うと、家でゆっくりしていた方がいいのかな、とも思って。

なにかできることはないか、教えてください」

切実な訴えに、志村先生は、深く頷きながらこう答えました。

「最高のコンディションでイベントを楽しみたいから、相談に来ました、なんて本当に素晴らしいですね。ありがとうございます。

思いきり楽しむために、事前に準備する。その発想、中医学の視点から見ると、とても有意義です。ぜひ一緒に考えましょう」

汗をかけば「気、潤い、血」が逃げていく

「炎天下で汗をかくとき、体に何が起きているか、中医学の視点から整理してみましょう」

「潤い」と一緒に「気」も出ていく

「汗をかくと、まず『津液(しんえき)』が消耗します。『津液』とは、体の潤いのこと。これを失って感じるのは、口やのどの渇き・手足のほてり・寝汗。便が硬くなることもあります。

また、中医学では、汗をかくことを、単に水分の排出とは考えません。ひどい鼻水、長引く下痢と同じように、体内にあるものが過剰に外へ出るときは、生命エネルギーである『気』も一緒に消耗する。それは、疲労感につながります」

「汗血同源」|汗と血は、同じ源から生まれる

「さらに中医学には『汗血同源(かんけつどうげん)』という言葉もあって、これは汗と血は同じ源から生まれるという考え方です。

つまり、汗をかきすぎると、『血』も消耗してしまう」

「『血』の不足? …貧血ですか?」

「いいえ。中医学の『血』は、血液そのものだけでなく、『気』や『津液』をのせて、全身に巡らせる働きもあります。『血』が不足すれば、必要なものが全身に届かなくなり、体のだるさや気分の落ち込みにつながります。

夏フェスといえば、炎天下での立ちっぱなし、大音量の興奮、人混みの熱気、そして会場までの長い移動。これらが重なれば、『気』も『血』も『津液』も、通常の何倍も消耗していく。

中医学では、三つのどれかに滞りや不足があると、体の不調に繋がると考えますが、夏の発汗は、このすべてを奪っていきます」

「そんな…それはしんどいはずだ…」

夏は「心」の季節|消耗が、感情にも直結

「実はもうひとつあります」と、志村先生は続けます。

「中医学の五臓(ごぞう)では、夏は『心(しん)』の季節とされています。

五臓と季節

『心』は西洋医学でいう心臓の働きだけでなく、全身へ気と血を巡らせる原動力であり、精神活動や感情の安定とも深く関わっています。

夏の暑さとフェスの興奮で『心』が亢進しすぎると、イライラしやすくなったり、眠れなくなったりすることもあります。

存分に楽しんだはずなのに、翌日から気分が晴れない。それは『心』の消耗です。これもじつは、よくあることなんです」

「『気・血・津液』だけでなく、『心』まで消耗していたとは。…よく保ってましたね、この体」

「気力も潤いも尽きた体は、感情を整える力も落ちています。イライラするのは、ある意味で当然のことなんです」

今日からできる養生

「もう夏フェスは諦めて、家で寝ておこうか…。そんな気分にすらなってきた。手立てがない、とは言わないでください、先生」

「大丈夫です。中国四千年の知恵には、ちゃんと夏フェスを楽しむ方法があります。まずは、イベントの数日前からできることをお伝えしましょう」

イベント前のチャージ

「中医学では、『脾(ひ)』、つまり『胃腸』が、食べたものをエネルギーに変える変換装置だと考えています。ここが弱っていると、どんなに食べても気力が生まれません。

イベント前は、『脾』をしっかり整えておくことが、当日の消耗を最小限にする最初の一手です」

冷たい飲み物を控える(胃腸を冷やすと、エネルギー変換の効率が落ちる)
腹七〜八分目を意識する(満腹は、消化にエネルギーを奪われてしまう)
よく噛む
睡眠をたっぷりとる

当日の過ごし方・その1

「当日は、いかに『気』と『津液』の消耗を抑えながら、こまめに補充するかが鍵です」

・酸甘化陰(さんかんかいん)

「中医学に『酸甘化陰』という考え方があります。酸味と甘みを組み合わせると、体内の潤いを補いやすくなる。スポーツドリンクの味、といえばイメージしやすいでしょう。

タイやベトナムなど暑い国では、甘酸っぱい味のものをよく食べますよね。汗をよくかく気候だからこそ生まれた味付けなんでしょうね。

他にも、はちみつレモンや、梅ジュースは、酸甘化陰の典型といえます」

・塩分(ミネラル)の補給

「梅干しは発汗で失われたミネラルを補給しながら、酸味の収斂作用で汗の出過ぎを抑えます。携帯しやすく、フェス向きの一品です。

昔ながらのきゅうりに味噌や、スイカに塩。あれも、天然の経口補水液だったんでしょう」

・水分補給は少量をこまめに

「現地で冷たいドリンクやビールを楽しむのも、フェスの醍醐味です。ただ、乾いてから一気に飲むのでは遅い。少量をこまめに口にすることを心がけてください。

猛烈な暑さですから、冷えたドリンクで体の熱を逃がすことも必要です。でも、冷たすぎるものは控えて。『氷は入れない』これを意識するだけで、疲労はかなり変わります。

キャンプフェスであれば、ご自身で淹れる緑茶や、麦茶がおすすめです。緑茶は頭をスッキリさせる働きがあり、麦茶ならミネラル分が豊富です」

当日の過ごし方・その2

「全部見逃したくない気持ちはわかります。ただ、夕方から夜への盛り上がりをメインに考えるなら、午後の早い時間帯にテントや日陰で横になることを、最初からスケジュールに取り入れてください。木陰で目を閉じるだけでも、体への効果は絶大です。

50代のフェスには、お昼寝が欠かせません」

イベント後の養生

「イベント後の過ごし方も、実はとても大切です。夏の消耗をそのままにしておくと、秋を迎えた頃にドッと不調として出てくることがあるので。

疲労回復が最優先

帰宅した後は、体の回復が最優先です。

・夜更かしをしない
・温かい食事で、胃腸をいたわる

これらにプラスして、できることなら翌日のスケジュールにもう1日、回復日を確保してください。思いきり遊んだあと、日常のリズムへ体を戻すための1日です。若い頃とは体力が違いますからね」

「…やっぱり、そうなのか。本当はそうしたいけど、なんだかサボっているみたいで、言い出しにくくて…」

「よくわかりますよ。でも、ご自分の体をコントロールできるのは、他の誰でもない、ご自身だけです。体調をフラットに戻す時間をあらかじめ確保して、しっかり休む。これも50代には大切な養生です」

男性は上を向き、少し吹っ切れたように笑いながら言いました。

「わかりました。観念して、今年は1日余分に休みをとります。若い頃みたいにはいかないけれど、余裕をもって仲間と楽しむ。そして、妻とも機嫌よく過ごす。いい気分を台無しにしないためにも」

夏の「間違った休息」に注意

「ただ、ひとつ気をつけてほしいことがあります。夏の過ごし方として、冷房の効いた部屋にこもってスマホを眺め続けるような休息は、よくありません」

「動かなすぎも、よくないと?」

「そうです。中医学では、夏は陽の『気』が、内側から外側へ向かっていく季節。普段の休日にまったく動かずにいるのは、『気』の巡りが滞ってしまう。

涼しい早朝や夕方に、近所を少し散歩する程度。または、通勤時の徒歩を意識するのもいいです。じんわり汗が出るくらいの軽い運動が、夏の体にちょうどいいです」

セルフケアで追いつかないときは?

「もし、事前にしっかり準備したい、あるいは回復にセルフケアだけでは心もとないという方には、漢方の力を借りるという選択肢もあります。

詳しくは、お近くの漢方薬局で相談してみてください」

楽しむための養生

一通り話を聞いた男性は、少し目を細めて言います。

「去年はフェスの翌日、やたらイライラしてたんです。妻にも当たってしまって、後で反省して。あれは『心』の消耗だったんですね」

志村先生は、にっこりと笑いながら続けます。

「この相談では『未病』という考え方を大切にしています。『まだ病気ではないけれど、このままだと崩れそう』この段階から整えていきますが、今回のお話は、さらにその一歩先でした。

不調を避けるためだけじゃなく、最高に楽しむために体を整えるって、実はすごく理にかなっているんですよね。フェスって体力も気力もかなり使いますし、そこに先回りして対策するという発想は本当に賢い。

体って、追い込まれてから慌ててケアするより、余裕があるときに手をかけた方が圧倒的に応えてくれます。楽しみのために養生するって、すごくいい心がけだなあと、感激しました」

そう言われた男性は、晴れやかな顔つきで立ち上がりました。

「今年は事前に体調を整えてから行って、ゆったり過ごす。去年みたいにイライラせず、機嫌よく過ごします」

おわりに

夏のイベントを前に、体のことを考える。それは楽しむためにも、暮らしを守るためにも、必要な大人の準備です。

汗とともに「気・血・津液」が消耗し、「心」まで疲れてしまう夏。それを知っているだけでも、イベントの前後の過ごし方は変わってきます。

ぜひ、今年の夏を、軽やかに楽しんでください。

※この記事は、国際中医専門員・志村幸枝先生が長年の相談経験に基づき、実例を再構築したものです。プライバシー保護のため設定は変更していますが、身体の悩みと見立ては現場の知見に根ざしています。

中医学において、身体の状態は千差万別です。紹介した養生法は一例であり、効果を保証するものではありません。ご自身の身体をより正確に知りたい方は、ぜひお近くの漢方薬店など、専門家を頼ってみてください。

身体に明らかな不調がある場合は、自己判断せず速やかに医療機関を受診してください。

●監修/志村幸枝

国際中医専門員。CoCo美漢方神戸勤務。登録販売者。漢方相談歴は28年。身体の変化を感じる年頃になり、自分を実験台に漢方と向き合う毎日。日常に絡めた喩え話で「伝わる中医学」をSNSで発信している。お酒を飲みながら美味しいものを食べている時が一番幸せ。趣味はおつまみ作り。
X:漢方しむしむ@simusim01454535
インスタグラム:CoCo美漢方神戸@cocobikobe0310
※ご相談のご予約はインスタグラムからお願いいたします。

●構成・文/もぱ(京都メディアライン)

 

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