1999年までポルトガルに統治されていた中華人民共和国 マカオ特別行政区、マカオ。急成長を遂げるこの街の魅力を紹介するマカオ紀行の3回目は、東南アジアで見かける濃厚で香ばしいエッグタルト発祥とされる老舗ベーカリーを訪ね、450年以上にわたって西欧文化を受け入てきた古い街並みが素敵なコロアン地区を歩きます。
エッグタルトからはじまる朝
エッグタルトをご存知でしょうか? 卵をたっぷり使った丸くて小さな黄色いタルトのことです。東南アジアのベーカリーで時々見かけるこのタルトが私の大好物。濃厚で香ばしくて優しいエッグタルト。その愛してやまないエッグタルトを生み出したといわれるお店が、マカオの南、コロアン地区にあると聞き、地図に大きく丸をつけておいたのでした。
そのお店の名はロード・ストウズ・ベーカリー。ホテルの朝食バイキングをついつい食べ過ぎてしまい、エッグタルトはおみやげにするしかないと思っていたものの、焼きたての香ばしい匂いが漂ってくると、とたんに食欲がわいてくるから不思議です。
土台のパイはサクサクですが、パイの中身はねっとり濃厚! 世の中にこんな美味しいものがあったのかと、もうひとつ、さらにもうひとつと思わず手が伸びてしいます。体重増加に貢献してしまう魅惑の絶品スイーツを発案したのは、初代店主のイギリス人、アンドリューさん。残念ながらすでに亡くなってしまったそうですが、その味はしっかり受け継がれています。
一軒家が10億円? 驚きの路地裏
エッグタルトをかじりながら、フランシスコ・ザビエル教会に続く路地を歩いてみましょう。ここは古くから栄えたコロアン地区の中でも最古の集落で、壁の色を黄色で統一した家々が並んでいます。シャツからパンツまで洗濯物を壁一面に干した家もあり、マカオ庶民の暮らしを垣間見ることができます。
「この家、一軒いくらだと思いますか?」と、ガイドさんに尋ねられました。「日本だと2千万円くらいでしょうか? 狭いし、古いし、交通の便も悪そうだし」と答えると、なんと小さい家でも数億円、ちょっと大きめの一軒家なら10億円というではありませんか!
見た目とは違って、ちっとも「庶民」ではありませんでした。しかし、繁華街のど真ん中でも、豪邸でもない小さな家がどうしてそんなに高価なのでしょう?
食べ物の値段や交通費なども、マカオと日本はだいたい同じくらいです。じつは土地の狭いマカオ、返還前と比べてお給料は3倍に上がったものの、土地の値段はなんと20倍に跳ね上がったそうです。これでは庶民は手が出ません。どうりで公団が摩天楼のように上へ上へと伸びるはずです。今、このあたりに住んでいる人の多くは、地価が高騰する前に一軒家を購入したのでしょう。
「土地つき一戸建てなんて私たちには夢のまた夢。マカオはいいところだけれど、公団はなかなか抽選に当たらないし、住宅事情だけはほんと悪いんです」とへの字口になるガイドさん。さぞや国民はブーブーと不満を口にしているのでは? と心配になるのですが、そこは政府も考えているようで、マカオにはちょっと変わった制度があるそうです。
それは国民にボーナスが出ること。一年に一度、赤ちゃんからお年よりまで、働いている人も働いていない人も、全員に一律、約14~15万円ほどもらえるそうです。つまり4人家族なら約60万円! きっとカジノで得た税金でしょうが、現金を手にしたら、「家は買えないけれど、何十万もくれるなら、ま、いいか」という気持ちになるのかもしれません。
ビビッドな聖フランシスコ・ザビエル教会
路地を抜けきると、水色の窓枠にクリーム色のかわいらしい教会が出迎えてくれました。日本でもおなじみの宣教師、フランシスコ・ザビエルを祀る聖フランシスコ・ザビエル教会です。1928年に建てられたこの教会には、ザビエルの遺骨が聖ヨセフ聖堂に移されるまでの約20年間、安置されていたそう。
中に入ると、内装の独特な色遣いに驚かされます。建物の形はよくあるポルトガル建築なのですが、ビビッドな色の組み合わせが、東洋と西洋の文化が入り混じったマカオらしさを感じさせる教会だなと思いました。
歴史ある廟と本土から続く川
教会を後にして、さらに南に向かって住宅の中を歩いていくと、地元の人たちが朝早くからお参りに訪れる観音古廟や天后古廟など歴史ある廟をいくつか見学することができます。
途中、大きなガジュマルの並木を抜け、変化に富んで楽しい道を歩いていくと、1862年に建てられた、道教の神様である譚公(たんこう)を祀る譚公廟にたどり着きます。
その譚公廟の前には大きな川があり、市民が川辺のベンチでくつろいでいます。マカオは中国本土から続く珠江の河口に位置するのですが、ここから対岸の中国本土がよく見えます。「本土まで泳げそう!」と言うと、「けっこう距離がありますよ。それにパスポートもいりますから」とガイドさんに笑われてしまいました。
今日のスタート地点であるエッグタルト屋さんから譚公廟まで、のんびり歩いて30分くらい。天気のいい日なら、水路沿いを通って戻るのもおすすめです。
次回は、いよいよ島を出て中国本土に隣接するマカオ半島を案内します。
取材協力:マカオ観光局
旅ライター。地域紙の記者を経て、約3年間の世界旅行へ。帰国後フリーに。著書に旅先で遭遇した変なおじさんたちを取り上げた『世界のへんなおじさん』(小学館)。市場好きが高じて築地に引っ越し、うまい魚と酒三昧の日々を送っている。