文/鈴木拓也
今までの常識が覆されることもある、日進月歩のがん治療。世間に流布するがん関連情報も、膨大かつ玉石混交だ。
そこにつけこんで、「フェイク情報を発信して金を稼ぐ人々」や「平気で患者をだます医者は存在する」と警告するのは、『やってはいけない がん治療 医者は絶対書けないがん医療の真実』(世界文化社)を上梓したジャーナリストの岩澤倫彦さん。
本書で語られているのは、効果が見込めない治療法をすすめる医師、あやしい代替療法の数々、がん検診の「罠」といった、多くの人が知らない衝撃の事実。
昨今、がん治療は「情報戦」とも呼ばれ、正しい情報に基づき、適切な選択がなされるかどうかが、生死を分けると言われる。そんななか、岩澤さんが調査・取材によって得た情報は非常に有益だ。以下、その幾つかを紹介しよう。
■「標準治療」こそ「世界最高水準」の治療法
「標準治療」とは、「現時点で最も有効性が高い」がんの治療法のことで、手術、放射線、(抗がん剤などの)化学療法を指す。欧米では「ゴールドスタンダード(黄金律)」と呼ばれ、臨床試験でも有効性が認められた、いわばお墨付きの治療法。
しかし、「標準」という言葉に頼りないイメージを抱いて、「最新のがん治療」を標榜する自由診療のクリニックに切り替える患者がいるという。
岩澤さんは、「自由診療で行われている治療は、勝手に『最新』と名付けているだけで有効性が証明されていない『博打のような治療』でしかありません」と指摘する。
これに関連して岩澤さんは、著名人に人気の「セレブ向けクリニック」の問題にも言及。自由診療で数百万円もするところもあるが、医療の質は一般病院より低いという。
■ビタミンC点滴や温熱療法はがんに効かない
「高濃度ビタミンC点滴は、腎ガン、卵巣ガン、乳ガン、肺ガンなど、60~70%に効果があると言われている」などといった宣言文句で、がん患者の目を惹くクリニック。論拠とするのは、アメリカ国立衛生研究所による2005年の研究結果だ。
しかし、岩澤さんは、あくまでもこの研究結果は試験管を使った基礎研究であることを指摘。「ビタミンCを使った臨床試験は1970年代から数多く行われましたが、すべて否定的な結果でした。つまり“効かなかった”のです」とも述べている。岩澤さんの質問に答えた上野直人教授(テキサス大学MDアンダーソンがんセンター)も「エビデンスがゼロなので、患者からお金を取るのは詐欺に近いですね」と断じる。
実は、あの手この手で「詐欺に近い」治療法を実施しているクリニックは少なくないようで、もう1つ取り上げられているのが、温熱療法(ハイパーサーミア)。がん細胞は「42.5度以上になると死滅する」ことから、病巣部を中心に加温する治療法だ。日本ハイパーサーミア学会が、「温熱療法だけでがんが根治できるのは稀」で、標準治療と組み合わせるのが一般的だと明言しているのに、温熱療法単体で治るかのように宣伝し、高額の治療費をとるクリニックがあるとも。
その他、とある温泉地の岩盤浴、野菜ジュースやある種のキノコ等々、エビデンスが欠如し、効果もあやしい治療法の数々を、岩澤さんは白日の下にさらす。
■早期発見できないがん検診
がんは、早期発見・早期治療が大切なことは今も昔も変わらない。しかし、岩澤さんが取材を重ねてわかったのは、「毎年がん検診を受けているのに、早期発見されなかった人が数多くいました」という事実。
実は、自治体・企業が行う対策型検診(集団検診)は、短時間で効率よい検査が求められ、その代償として「精度の低い検査が主流」になっているという。例えばX線検査は、1日100人単位の検査ができる。その代わり、それで見つけられるがんのサイズは「2センチから3センチ以上」。このサイズだと、完治が難しい進行がんになっている可能性がある。
さらに、X線画像を医師が確認する作業(読影)で、がんを見落とすリスクが避けられないとも。例えば、肺がん検査画像の読影だと、1人の医師が1カットを見るのはせいぜい10~20秒。1日に800人分も読影することがあるそうで、医師2人以上のダブルチェック体制でも、見落としは必然的に起こってしまう。以下のように、バリウム検査も同様だ。
群馬県健康づくり財団の元専務理事・真鍋重夫医師が、バリウム検査で発見された胃がん患者を対象に過去の検査画像を確認したところ「約3割の見逃し」がありました。同様に石川県成人病予防センターでも、バリウム検査で進行がんが発見された44例について過去の画像を調査したところ、20例に胃がんの病変が確認されています。(本書189pより)
バリウム検査について言えば、「バリウムが大腸などに固着して孔が開く、『穿孔』事故が全国で多発」しているという問題も。この場合、緊急手術が必要となり、高齢者が死亡したケースもある。大腸がんや乳がんなどの検診も、信頼性の低さが指摘されており、何を信じればいいのか不安になる。
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がんと診断されて、手術にするか、放射線治療にするかなど重大な決断の猶予は、せいぜい1か月。だから、岩澤さんは「“その日”にそなえて『がん治療』を知っておくことが大切」と説く。まがいものの情報をつかまされて、取り返しのつかない後悔をしないためにも、本書は熟読の価値がある。
【今日の健康に良い1冊】
『やってはいけない がん治療 医者は絶対書けないがん医療の真実』
https://www.sekaibunka.com/book/exec/cs/20405.html
(岩澤倫彦著、本体1200円+税、世界文化社)
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。