文・写真/布施泉(海外書き人クラブ/カナダ・トロント在住ライター)

スコットランド、アイルランド、アメリカ、そして日本と共に世界5大ウイスキーの1つとして知られる「カナディアン・ウイスキー」。

穀物の過剰生産により、18世紀後半からその余剰分を使ってスピリッツ(蒸留酒)の製造を始めたのが起源とされている。その多くがアメリカに輸出され、禁酒時代にも密輸されるほど盛況だった。

カナディアンウイスキーは、トウモロコシを原料とした「ベースウイスキー」と、ライ麦を原料とした「フレーバリングウイスキー」の2種類を別々に製造し、ブレンドすることによって香り高くクセのないまろやかな口当たりに仕上げている。

カナディアン・ウイスキーを代表する「カナディアンクラブ(CC)」。酒類は州管轄のLCBO(オンタリオ州酒類専売公社)か大手スーパーで購入できる。

さらに「9.09%ルール」というカナディアンウイスキー特有のルールにより、11分の1までワインやブランデー、バーボンなど他のスピリッツが添加できるため、香味のバラエティーが楽しめる。

カナディアンクラブと共に有名な「クラウンロイヤル」。ウイスキーに好奇心をくすぐるブラックベリーとチョコレート風味。

そのカナディアンウイスキー製造所は、アメリカと国境が近いオンタリオ州に数多く存在した。中でも「Gooderham & Worts Ltd」(グッダーハム・アンド・ワーツ社)は、19世紀後半に年間数百万ガロンものウイスキーを生産し、当時は世界最大級の蒸留所として繁栄した。そして、現存するカナディアン・クラブの製造元であるハイラム・ウォーカー社と共に時代を牽引する存在として名を馳せていた。

かつての栄光を刻むグッダーハム・アンド・ワーツ社の看板。

しかし、第一次世界大戦とカナダ・オンタリオ州の禁酒法施行により事業は衰退。1990年に完全に廃業した。そしてグッダーハム・アンド・ワーツ社の製造所は、その後10年以上も放置されたままだった。

当時のウイスキー生産に活躍した樽。

幸いなことに、この地区が「ビクトリア朝時代の産業建築物群が40棟以上現存する、北米最大規模の保存例」として、1988年にカナダの国定史跡に指定されたことにより、廃業後も取り壊しを免れた。

そして、民間企業が多くの熟練職人や技術者たちの協力のもと、オリジナル資材をリサイクルして修復、保護しながら開発。2003年「ディスティラリー・ディストリクト(蒸留所地区)」という名称で複合施設として蘇らせ、ローカルや観光客の間で人気となっている。

広い敷地内は探索するだけでも楽しい。

その「ディスティラリー・ディストリクト」は、トロントの中心から数ブロック東に進んだ一画にある。近代的なダウンタウンの高層ビル街とは対照的に、赤レンガの歴史建築群を目にすると、150年以上前にタイムスリップしたような不思議な感覚に包まれる。

赤レンガの外壁が特徴のビクトリア朝様式。
当時は広大な敷地内で世界最大級の蒸留所として栄えた。
グッダーハム・アンド・ワーツ社の幹部たち。
製造所からの輸送に使われたトラック。

敷地内には随所に巨大な現代アートが点在し、オシャレなショップ、ギャラリー、レストランやカフェなどが立ち並ぶ。それぞれの店が、歴史的外観とモダンなデザインの内装を上手く融合させた空間を作り、訪れる人々に時間という概念を忘れさせてくれる。

随所にフォトジェニックな巨大アートが登場。

ここで販売される品は、「サポートローカル」というスローガンのもと、地元産にこだわった逸品ばかりだ。地元アーティストのギャラリーや工房、地元産の素材を使った洋服や雑貨など個性的な品揃えで、ウィンドーショッピングだけでも楽しめる。

また、受賞歴のある地元レストランや地元職人による酒造所、クラフトビールの醸造所、チョコレート専門店など、歴史探索だけでなく、トロントを五感で楽しむことができるのも嬉しい。

北米東部初の日本酒醸造所「泉」。

さらに、アート展やフードマーケット、ライブコンサートなどのイベントも開催されており、年間を通して楽しめるのも特徴だ。特に季節のイベントとして12月に開催されるクリスマスマーケットは、巨大クリスマスツリーとイルミネーションが有名で、国内外を問わず多くの人々を魅了する。

南京錠で描く「LOVE」アート。

カナダでは、「古いもの・歴史あるもの」を高く評価するという価値観が日常生活に根付いている。「ディスティラリー・ディストリクト」は、その象徴のようなもの。

日本でも昨今、古民家の再利用などが話題になっているが、住居となると未だに新築の方が人気が高い。

一方カナダでは、新築よりも築50年以上、中には100年近いヘリテージハウスが資産価値を持ち、高く売買されることも珍しくない。それは日本の木造家屋と違い、多くがレンガなど耐久性のある建築資材を使うため、頑丈で価値が下がらないからでもあるだろう。

しかし、歴史的にヨーロッパからの移民を背景にもつカナダでは、古いモノに個性や資産価値を見出し、大切に保護して次の世代に引き継ぐ伝統がある。

こうした価値観は、アンティーク家具や食器、ビンテージ雑貨、クラシックカーなどにも表れており、年代物が高値で取引されたり、修理しながら長く使うライフスタイルが尊重されている。

当時使用されていた計器が、店内ではそのままインテリアとして活きている。

今年は建国159年を迎えたカナダ。まだまだ若い国ゆえに、歴史や伝統に対する憧れも強い。そんなカナダの歴史を未来に受け継ぐ「ディスティラリー・ディストリクト」を、一度訪れてみてはいかがだろうか。

ディスティラリー・ディストリクト(The Distillery District)
公式ウェブサイト https://www.thedistillerydistrict.com/
※入場無料
※敷地内巡り、日本酒・クラフトビール醸造所のツアー(英語のみ)は公式サイト(下記)より申し込み可能
https://www.thedistillerydistrict.com/book-a-tour/
【交通アクセス】
55 Mill Street, Toronto ON, M5A 3C4
ストリートカー(ダウンタウン):
King Street.(西)xYonge Street.(東)から503、504A、504Bの東行きに乗車。
King Street. East xParliament Street.下車。南へ徒歩約7分、Mill Street.を左に曲がる。

文・写真/布施泉
カナダ・トロント在住のフリーランスライター。企業のオウンドメディアやインタビュー記事ほか、複数のメディアにカナダ情報を執筆。岡山県出身、神戸に長く住んでいた自称神戸っ子。映画と筋トレをこよなく愛し、世界を旅するノマドライフに憧れている。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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