暮らしを豊かに、私らしく

文・写真/佐知ゆりこ(海外書き人クラブ/カナダ在住ライター)

スラリとした長身。自然に伸びた背筋には人生に対する肯定感が表れているよう。モノトーンのスポーツウェアとサングラスがよく似合い、日課は1時間のウォーキング。夫が運転するクルーザーで気軽な船旅に出たり、ときには40キロの道程のサイクリングを楽しんだりもするアクティブ・ウーマン。気取らないシンプルでカジュアルなスタイルがよく似合うナタリーは、67歳にはとても見えない若々しい雰囲気と健康美を備えた、カナダの海辺の街に住む素敵な女性だ。

穏やかで知的。ヘルシーでチャーミング。誰に対しても親切で誠実なナタリー。

少女のような好奇心と、現役時代は海運会社を経営していたという豊かな社会経験に裏打ちされた洞察力と共感力。小さな約束を大切にする誠実な人柄。

人を惹きつける魅力をもち、満ち足りて見える彼女はどんなことを考えて人生を送ってきたのでしょう。そして、これからの人生で大切にしたいことは? ナタリーの人生観に耳を傾けてみましょう。

自然体で起業。子育てと仕事を両立した40代

 長い冬の後の爽やかな夏は、カナダ人の待望の季節。澄み渡る青空の下、海辺を歩いていると、心も身体も軽くなるよう。

大学を卒業後、海運業界で仕事に就いたナタリーは、結婚・出産を経て一人息子が幼児の頃に物流会社を興しました。子育てをしながら独立起業だなんて大きな決断、どんなパワフルなスーパーウーマンだったのかといきさつを聞けば、その起業物語は至って自然体。

「当時、通勤に1時間半かかっていて子育てと仕事の両立が難しくなって会社を辞めようとしていたの。そのときに、それならば独立して自分のところの仕事を続けてほしいと言ってくれた顧客がいて、当時のボスもそれを応援してくれて。それからは、仕事内容は同じでも家から働けるようになり、おかげで当時4歳だった息子の育児とも両立ができたし、学校行事への参加や習い事の送迎をすることもできた。子どもの成長を近くで見ることができたことに、とても感謝しているわ」

そうして仕事と両立しながら育てた息子は、現在27歳。カナダの名門大学を卒業し、金融業界の難関資格を取得して、証券アナリストとして働いているといいます。

「数学が得意なタイプではなかったから、この道に進んだのは意外でもあったわ。でも息子曰く、アナリストは『数字を言葉に変換して伝える職業』なんですって。確かに息子は昔から、ライティング能力がとても高かったの。彼の言語能力をいかした職業だといえるわね。マーケットを左右する数字をストーリーに変えて投資の重要な判断材料となる情報を提供するこの仕事を、彼はとても楽しんでいるわ」

1.大切なのは「信頼性とコミュニケーション」

なぜナタリーは、そんなにまで人に応援され、満ち足りた人生を送ってこられたのでしょう。その秘訣は、「信頼性とコミュニケーション」を大切にしてきたから、と彼女は自己分析します。

信頼性とコミュニケーション……具体的にいうと? という問いかけに、彼女はこう答えます。

「例えば、あなたが仕事をしているとして、顧客からの何らかの問い合わせがあったとするでしょう。でもあなたは答えを持っていない。そんな時は『明日の朝9時までに回答します』って迅速な回答をするの。そして全力を尽くして答えを探して、部下や協力会社に対しても指示を出して任せきりにするのではなく『あれはどうなったかしら?』ときちんとフォローアップのコミュニケーションをとる。

そしてもし、約束の朝9時に正解が見いだせなかったとしたら、約束の時間よりも前に顧客に『9時までに回答が出せませんが、〇時までにはお返事します』とか、『こういうことならできます』って誠実に伝えるの。その繰り返しだけ。迅速で誠実な、信頼性のあるコミュニケーションを取り続けることで、ものごとはだいたいうまくいくのよ。でも、驚くほどみんなできていないものなの」

確かに、ナタリーは何を聞いてもレスポンスが早い。そして情報も正確。わからないことに対してもその場で「調べて夕方までにご連絡するわね」という即答を欠かさない。日常のささいなやりとりにまでそれが徹底されています。

仕事で培われた「信頼性とコミュニケーション」が日常生活にまで浸透しているので、プライベートでも多くの人からの信頼と応援を得ることができるのでしょう。

潮の満ち引き、対岸に見える山々、行き交う船……。穏やかでありながら変化に富む海は、ナタリーを魅了し続けます。

2.誰に対しても同じ態度で

友人の多い社交的なナタリー。知人・友人との交流術を聞いてみましょう。

「近所の人、子どもの友達やそのご両親、修理に来てくれる配管工事の方、マンションの管理人の方……誰に対しても『信頼とコミュニケーション』が大事なのよ」というのがナタリーの信条。

この信条は子育てしていた時代にも心がけていたそうで、子どもをとりまく人間関係においても、「子どもの友達を家に招き、そのご両親とも積極的に交流するようにしていた」のだそう。そうして「信頼性とコミュニケーション」を大切にして交流を重ねていくうちに、自然と「息子はいい友達に恵まれ続けた」といいます。

「息子は、学生時代は北米の学生らしく先輩や同級生との交流にパーティにとずいぶんと遊んでいたようだけれど」と苦笑いしながらも、「彼はそうした人脈の中から情報を得て、適切なタイミングで自分で考えて結果を出すようになっていったわ」と語ります。

ウォーキング中、木々の葉や草花があると鼻を近づけ、その香りを楽しむナタリー。自然を味わい、慈しみ、感謝する姿勢から、ポジティブなオーラが生まれています。

3.ハートが本当に望む方向へ

もうひとつ、子どもへの接し方として心がけていたこととして「勉強や成績ではなく、子どもの心が幸せを感じているかどうかを重視した」というナタリー。そして「勉強をしなさい」という代わりに「ハートが求める方に進みなさい」とアドバイスしていたのだとか。

海辺の風に吹かれて揺れる草原。土の匂い。自然を感じることができるこの海辺の街が大好きだと話すナタリー。

「成功は、ハートが求めるものの先にしかないの。そして時にそれは意外なものだったりもする。私も子どもの頃から海運業界を夢見ていたわけではないし、息子も数学が得意なわけでもなかった。でもハートに従った結果、私も息子も天職に出合い、充実した社会生活を送っている。好きなことの方を向いていれば道がひらけるものだと思っているわ」

何歳であっても焦ることも諦めることもない、誰かの価値観ではなくハートが望むものをきちんととらえて、とナタリーは提言します。

4.賞賛を言葉にして伝えること

コミュニケーションを大切に、というナタリーがその具体的な方法としてアドバイスするのが、周囲の人に対して努めて「a pat on the back」する、ということ。「a pat on the back」とは直訳すると「背中をポンポンとする」こと。「よくやったね」とか「すごいね」「ありがとう」という称賛や労い、感謝を伝える動作を表す英語の慣用表現です。

「それが嫌いな人はいないから、どんどんすべき! 人は称賛され、認められたいものなのよ」と、その効能をナタリーは教えてくれます。

記念碑を見つけて立ち止まり「何度もここを通ったけど、この記念碑に初めて気付いたわ。あなたと一緒に歩いたおかげね」と微笑む。いつでも好奇心と感謝を忘れない。

多くのことに感謝をして生きていきたい


ナタリーが「これからの人生」で大切にしたいことはなんでしょう。

「これからの人生でしていきたいことは、周囲に感謝をすることね。空や海や自然、木々や太陽、すべてのことに感謝して生きていきたいと思っているわ」

そして、こう続けます。

「あとはこれまでと変わらないわ。信頼とコミュニケーション。親しい友人にも、何らかでほんの少しの関わりを持つ人にも、同じように接していきたいと思っているわ」

もちろん、健康でいたいし、運動もしたいし、船と旅行が好きだから人生が続く限り旅もしていたい、と話すナタリー。「あなたとこうして話したり歩いていたりするだけで、いろいろな気づきがあるのよ。そんな新しい発見が楽しいわ」と微笑みます。

幸運を受け取るには「準備」が必要


あなたの人生はとても満ち足りて見える、というと「成功ばかりではない、失敗したこともたくさんあるわ。でも、私は自分がラッキーだと思っている」と答えるナタリー。そのラッキーも努力の賜物なのでは、と問うと、少し考えてこう答えます。

「誰か格言だけど、『Luck is a matter of preparation meeting opportunity』という言葉があるわ

直訳すると、「幸運とは、準備と機会の出会い」。「準備」という努力がなければ、機会が訪れてもそれをうまく活用して「幸運」を享受することはできない、という格言です。「信頼とコミュニケーション」という「準備」で、幸運を引き寄せたナタリー。私はラッキーだと思って生きていける人生というのは、とても心地よさそうです。

大好きな海や船。まだまだしたいことがたくさん!


「海運業界で仕事していたから、今でも海や船が大好きなのよ。今この港町に住んでいるのも、それが理由」

日本にも輸出していたのよ、と話すナタリー。海辺の道を歩きながら話していると、港にゆっくりと入ってくる船を見つけては、その船がシアトルに向かう定期便の客船であるとか、アラスカに向かうクルーズ船であるとか、どこの国のコンテナ船であるとか、所属や行き先を教えてくれる。

「あそこに塔が見えるでしょう。あれは飛行機の管制塔と同じ役割の、船の管制塔なの。いつか中に入ってみたいのよね……」と、まだまだやってみたいことがたくさんある様子で、好奇心に満ちた少女のような横顔を見せます。

ビジネスのパートナーにも、古くからの友人にも、新しく引っ越してきたご近所さんにも、同じように親切に接するナタリー。こうした日常のささいな一つひとつで「信頼とコミュニケーション」を重ねることが、「意外とみんなできていない」のだと言います。

ナタリーの教えのように、小さなことを大切にして周りの人に感謝を伝えながら毎日を過ごすと、これからの人生が好転しそう。そして「自分の心が本当に望む方向」に進むこと。毎日を楽しく前向きにするコツは、そんな自分の行動ひとつなのかもしれません。

文・写真/佐知ゆりこ(カナダ在住ライター)
教育移住や海外文化、多様な女性の生き方について雑誌やWebメディアで執筆。noteやTwitterでも情報を発信。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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