文・絵/牧野良幸

大河ドラマ『豊臣兄弟!』の3月初めの放送で、墨俣(すのまた)一夜城のエピソードが放送された。歴史好きの方には面白かった回ではなかっただろうか。
墨俣一夜城というのは、美濃侵攻を企てる織田信長の臣下だった木下藤吉郎(豊臣秀吉)が、一夜(ないし数日)で長良川の地に城を築いたという、有名なエピソードである。
と偉そうに書いたが、実は大河ドラマで初めて墨俣一夜城のことを知ったのである。史実かどうか裏付けはないらしい。でも少なくとも歴史が面白くなる話だと思う。
そこで今回は墨俣一夜城のエピソードが盛り込まれた映画『出世太閤記』を取り上げたい。戦前の1938年(昭和13年)公開という古い映画であるが、歴史好きの人なら楽しめるだろうし、大河ドラマで豊臣兄弟のことを初めて知った方にもおすすめだ(だいぶ描き方は違うが)。
監督は稲垣浩。5年後の1943年(昭和18年)には名作とされる『無法松の一生』も撮っている名監督だ。
『出世太閤記』はタイトルどおり秀吉の出世を描いた映画である。ただ期間は木下藤吉郎の時代で、墨俣一夜城での大手柄がクライマックスとなる。やはり秀吉の出世にとって墨俣一夜城は重要な話らしい。
物語は木下藤吉郎の幼少時代から始まる。いきなり父が戦で亡くなり、幼い赤ん坊をかかえた母と農家で暮らす、やんちゃな藤吉郎が描かれる。その赤ん坊が藤吉郎の弟、秀長である。この映画では小一と呼ばれている。
これはあとで小一自身から語られるが、小一は母と継父との子どもで、藤吉郎と血の繋がりはない。そんなこともあってか藤吉郎少年は家を飛び出し放浪をする。
このあと藤吉郎が橋の袂で寝ているとき、野武士の蜂須賀小六と出会い、小六の部下になる有名なエピソードが描かれる。
藤吉郎少年は、わざと野武士に足が引っ掛かるように刀を出して、野武士たちにいちゃもんをつけるのだ。子どもなのに策士である。
ちなみにこの橋は、僕が生まれ育った愛知県岡崎市にある矢作橋なのだそうだ。岡崎と言えば家康ばかりが有名で、秀吉に関する逸話があったとは今日まで知らなかった。歴史映画を見るといろいろ勉強になる。
さて藤吉郎である。その後、蜂須賀小六の元で青年にまで成長する。青年の藤吉郎を演じるのが嵐寛寿郎だ。そう、あの『鞍馬天狗』の嵐寛寿郎である。「猿」と呼ばれているけれども、ビジュアル的には端正、行動も理知的な秀吉である。
藤吉郎は今では織田信長(月形龍之介)のもとにいる。まだ身分は低いものの、信長の草履を懐に入れて温めておく有名なエピソードが描かれ、着々と信長の信頼を得ていく。
信長を演じる月形龍之介にもふれたい。月形龍之介は、いかにも明治生まれという感じの威厳のある二枚目俳優で、1943年(昭和18年)の黒澤映画『姿三四郎』での、三四郎のライバル檜垣源之助が印象深かった。嵐寛寿郎もそうだが、戦前の映画でも知っている俳優が出ると、グッと親しみがわく。
知っている俳優といえば、志村喬も出ている。信長の臣下、藤井又右衛門役である。
ある日、藤吉郎が藤井又右衛門に呼び出される。又右衛門の娘おねね(市川春代)と前田家の縁談が持ち上がっているのだが、娘は嫌だと言う。藤吉郎は「なんとか解決いたしましょう」と請け負ったものの、成り行きから自分がおねねと結婚することになってしまうというエピソードである。おねねは秀吉の正妻として、のちに北政所と呼ばれる女性だ。
話が少し脇道に逸れた。弟の秀長、つまり小一はどうした? という声が聞こえそうなので小一のことを書こう。
青年に成長した小一(原健作)が映画に登場するのは、清洲城の普請工事の後である。清洲城の普請工事とは、藤吉郎が三日で城の工事を終わらせてしまうというエピソードだ。これもまた有名な話らしい(ほんと秀吉はエピソードが多い)。
小一は兄の手柄を耳にした。そこで兄の家来になって、自分も侍になろうと藤吉郎のもとにやって来たのだ。
しかし藤吉郎は出世していなかった。清洲城の普請工事の働きにより、藤吉郎は侍に取り立ててもらう話が出たが、それを断り金3千貫を求めたのである。そのお金は三日で工事を終わらせた職人たちへの褒美にして自分は一文も取らなかった。
「兄さんは、もっと出世してると思った」
と不満をぶつける小一。この映画の小一、つまり秀長は大河ドラマと違って、どうも人間が小さい。コツコツ型の藤吉郎も相手にしない。小一に侍の厳しさを説いて村に帰るよう言う。小一が家を出てしまっては、残された母たちも心配だ。
やがて信長の寵愛を受けた藤吉郎は士分に取り立てられる。そこでまた小一が頼むのだ。
「兄さん、出世してくれ。小一は兄さんのためなら命も投げ出すから!」
こう泣きつかれ、とうとう藤吉郎も小一を部下にした。小一も武士の身分となり、まだ調子のいいところが残っているものの、藤吉郎の使者の役割を果たすほどになる。
小一は藤吉郎の盟友、蜂須賀小六のもとに向かい、信長が美濃の斉藤攻めのため、墨俣に築城を試みる計画を告げ、兄の出番が近いことを伝える。
そしてついに墨俣一夜城だ。藤吉郎の元に援軍の野武士たちがやってくると、
「蜂須賀親子、到着仕ってございまする!」
とかけ声をあげるのが小一である。たくましくなったなあと思う。鎧を着た藤吉郎の後ろには、常に小一が控える。この映画でもようやく「豊臣兄弟!」となった。
藤吉郎と小一が率いる野武士たちは、山から木を切り落とし、筏にして激流を下る。夜、松明を掲げた藤吉郎たちが激流を下る場面は迫力のシーンだ。
ついに一夜のうちに城(というより砦)を築いた藤吉郎たち。その後、斎藤方と激しい戦いが描かれるが、これも戦前の映画とは思えない迫力で、ちょっと黒澤映画を思わせる。カメラマンはその黒澤映画でも多くの撮影を担当した宮川一夫だ。
墨俣一夜城の功績により、藤吉郎は一国一城の主となった。その横には出世を喜ぶ母とおねねがいた。でも小一は映っていない。この映画は秀長に注目しているわけではないから仕方がない。
今回は大河ドラマ『豊臣兄弟!』の影響で、どうしても小一(秀長)に目が行ってしまった。でも別の視点で観ても面白い映画である。
* * *
【今日の面白すぎる日本映画】
『出世太閤記』
1938年
上映時間:現在のプリントは98分
監督:稲垣浩
脚本:山上伊太郎
出演者:嵐寛寿郎、月形龍之介、市川春代、原健作、志村喬ほか
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記 1971-1976 増補改訂版』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

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