
ライターI(以下I):『豊臣兄弟!』第8回は、墨俣築城の回になりました。Aさんはいてもたってもいられずに、放送前に墨俣に行ったそうですね。
編集者A(以下A):はい。(ややおおげさに)気が付いたら岐阜羽島駅に降り立っていました(笑)。墨俣城は、飛び地ではありますが、岐阜県大垣市(2006年に合併するまでは墨俣町)にあります。今回は、「続百名城」の大垣城でスタンプを押すために、息子も一緒のプライベート紀行です。『豊臣兄弟!』に関連して、滋賀県長浜市や名古屋市中村、秀長の居城大和郡山市に「大河ドラマ館」が開設されています。こちらは黙っていても集客できると思われますので、当欄では、大河ドラマ館以外で足を運んでみたい『豊臣兄弟!』ゆかりの地を巡ってみたいと思います。今回は、その第一弾ということで、「墨俣一夜城」です。ここはいろいろな意味で『太閤記』と秀吉の出世譚が凝縮された場所になります。
I:かつては、木曽川、長良川、揖斐川の木曽三川が流れる要衝の地だったそうですね。度重なる洪水で流路が変わり、現在の流路と戦国時代の流路は異なるということで、そうしたことも確認できるんですね。
A:墨俣の地には、現在、「墨俣一夜城」という天守を擁したお城が聳えています。天守にわたる橋は「太閤出世橋」といいます。浜松市にある徳川家康ゆかりの浜松城も「出世城」の異名もありますが、こちらは「出世橋」です。天守の下には、白鬚神社もあり、豊国神社も境内社として祀られています。ひょうたんの形をした絵馬を奉納できるのです。この城は、平成元年(1989)、竹下登内閣で行なわれたふるさと創生資金(各自治体に1億円配布)を原資に造られた模擬天守。「なぜ、墨俣にこのような天守を?」という疑問は当時からあったと思いますが、今となっては、平成初期のバブル時代の空気感をまとう貴重な「太閤遺構」ということになります。
I:平成も時代が進むと、掛川城や白河小峰城、大洲城など、木造復元天守が登場します。現在も議論されている名古屋城の木造復元計画もそうした時代の潮流をあらわす指標でもありますね。
A:墨俣の模擬天守は、大垣墨俣歴史資料館になっています。展示の中に、歴史上、この地での合戦の歴史がわかる表がありました。古代の壬申の乱、源平時代の墨俣川の合戦、承久の乱でもこの地が戦場になったことがわかります。
I:織田と斎藤との間で戦った墨俣一夜城の攻防もそうした「悠久なる歴史」の一コマということになるのですね。
A:「墨俣一夜城」に来てよかったと感じたのは、模擬天守の最上階から望む風景です。北東の方向約12kmの位置に稲葉山が望め、かすかに天守が視認できるのです。
I:稲葉山は、斎藤龍興の居城で、後に織田信長の岐阜城になるんですよね。
A:そうです。これだけでも墨俣にきた甲斐があったというものです。模擬天守だからこその眺望ですから、模擬天守に感謝です。おそらく、稲葉山の岐阜城天守から、墨俣の地も見ることができるのではないかと思います。これも近いうちに登城したいですね。

「三谷幸喜さんが凄い!」

A:さて、せっかく墨俣まで足を運んだので、もう一か所どうしても立ち寄りたい場所がありました。墨俣一夜城からわずか2.5kmほどしか離れていない場所に『鎌倉殿の13人』に登場した人物の関連史跡があるのです。
I:あ、さっき話に出た「墨俣川古戦場」ですね。
A:そうです。源平時代に思いを馳せる人には、ピンとくる場所かと思われます。源頼朝の異母弟で、常盤御前と源義朝の間に生まれた今若(阿野全成)、乙若(源義円)、牛若(源義経)三兄弟の真ん中の源義円の供養塔、墓所があるのです。
I:源義円は、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で大河ドラマ初登場だったんですよね。成河(ソンハ)さんが演じていました。
A:頼朝の叔父源行家とともに平家軍と対峙して大敗した「墨俣川の戦い」です。源義円は、『鎌倉殿の13人』では、第10回のラストに登場し、第11回では、弓の達人で、和歌にも秀でて、頼朝(演・大泉洋)が「義円は頼りになりそうだな」と北条義時(演・小栗旬)につぶやくという人物として描かれました。
I:覚えています。菅田将暉さん演じる源義経が、そのことに嫉妬したのか、汚い手段を使って叔父の源行家とともに平家軍との戦いに出陣するように仕向けたんですよね。
A:そうです。この憎々しい義経のこと、忘れません(笑)。ちなみにこの第11回では、頼朝、範頼、阿野全成、義円、義経という兄弟が勢ぞろいするという「頼朝兄弟ファン」にとって神回ともいえる場面が登場したのですよ。
I:「頼朝兄弟ファン」というくくりがどれほどいるかわかりませんが、歴史に造詣の深い三谷幸喜さんならではの名場面なんですよね。
A:その義円の供養塔・墓所が墨俣一夜城から近い場所にあったのですよ。どうやら義円の800年忌である1981年に整備されたようで、「義円公園」となっていました。このように整備して菩提を弔ってくださっている地元の方々のことを思うと胸熱ですよね。墨俣一夜城から2.5kmしか離れていないので車ではすぐなのですが、周辺には駐車スペースがありませんでした。要注意です。
I:なるほど。
A:そして、驚くべきことに、実は、同じ大垣市内に、源頼朝の実兄源朝長(ともなが)の墓所もあったのです。
I:源朝長といえば、平治の乱の際に、京で敗れ、父源義朝、弟頼朝らとともに東国に落ち延びようと美濃路を急いでいた際に、矢傷の悪化で自害したとも、父義朝の手で最期を遂げたともいわれる人物ですね。
A:はい。『平治物語』にその顛末は描かれていますが、その最期の地が「青墓宿」と伝えられています。その「青墓」ですが、現在の大垣市域だったんですね。「青墓」という地名も源平時代ファンにとっては、ピンとくる地名だと思います。今回、その青墓に初めて足を踏み入れました。
I:どんな感じでしたか?
A:かつては「青墓宿」というものがあったそうですが、いつのころからか近接する「赤坂宿」に機能が移ったともいわれています。それでも「青墓」という地名が今も残っているのは感慨深いですね。白鬚神社や、源朝長の墓所・供養塔がある円興寺などをお参りしました。古代から中世にかけて栄えたと思われる宿場の跡です。
I:それにしても頼朝の兄弟のうち、朝長と義円の最期の地が今は同じ「大垣市」にあるですね。
A:はい。奇遇といえば奇遇です。『鎌倉殿の13人』が放送された2022年に源頼朝の同母弟源希義(まれよし)最期の地、高知市の墓所にお参りしたことがありますが(https://serai.jp/hobby/1085188)、期せずして、「頼朝兄弟の墓所」への関心が高まりました。そこで、源頼朝の兄弟の墓所の所在地を整理してみました。長男の義平、七男の阿野全成以外は、すべてお参り済みということになりました。
源義平 群馬県太田市
源朝長 岐阜県大垣市青墓(胴)、静岡県袋井市(首)
源頼朝 神奈川県鎌倉市
源義門 不明
源希義 高知市介良町
源範頼 静岡県伊豆市修善寺
阿野全成 静岡県沼津市
源義円 岐阜県大垣市墨俣
源義経 岩手県平泉町、神奈川県藤沢市(首塚伝承地)
I:なんとマニアックな。
A:源義円の供養もしたので、帰宅後に義円が登場した『鎌倉殿の13人』を見返してみました。義円が平家軍の兵士に川で溺死させられているような場面に「あ、墨俣川だ」と思いました。「墨俣の地がしっかりイメージされている」とも感じました。前述の兄弟勢ぞろいの場面を入れ込んだことも含めて、「三谷幸喜さんはやっぱり凄い!」と改めて思いました。
I:そういえば、ずいぶん前に兄弟の父になる源義朝の墓所にもお参りしていましたよね。
A:はい。兄弟の父・源義朝の墓所は愛知県美浜町の大御堂寺(野間大坊)にあります。信長三男・織田信孝の墓所もあります。

150mの前方後円墳も

A:この地をめぐってみて驚きだったのは、青墓に隣接する「昼飯(ひるい)」地区に美濃地域最大の前方後円墳、全長150mの「昼飯大塚古墳」があることです。せっかくなので、訪問してみました。
I:150mといえば、地方の前方後円墳としては、それなりの勢力を持った豪族がいたということになりますね。
A:はい。平成初頭までは鬱蒼とした森だったそうですが、史跡整備されて、現在は墳丘に自由に登ることができます。冠雪した伊吹山を望めるロケーションでした。
I:大きな前方後円墳、青墓宿の存在とくると、かつては、この地域が美濃の中心地だったんですね。
A:そういうことになるんですかね。ところが、戦国時代に稲葉山という標高347mの山に山城が造営されました。戦国=山城の時代ということがよく理解できますね。そして、最後に訪れたのが大垣城です。ここは幕藩時代には、大垣藩戸田氏の城下町。昭和20年の空襲で焼失するまでは、往時の天守閣が残っていたそうです。現在は、日本城郭協会の「続日本百名城」に選定されています。
I:関ヶ原の戦いの際にも西軍の拠点のひとつだったんですよね。
A:天正12年(1584)に豊臣秀吉は大垣城を拠点に徳川家康討伐を計画していました。それが、翌年に発生した天正地震で大垣城も倒壊するなど、大きな被害が出て、「家康討伐」は、延期になったという「事件」もありました。
I:そのことが『豊臣兄弟!』で登場するかどうかはわかりませんが、大垣城は『豊臣兄弟!』第8回の地図では「大柿城」として登場していましたね。
A:今回の、墨俣一夜城めぐりは、岐阜羽島駅を起点にしています。すべて巡って約60kmの走行距離でした。西へ少し向かうと、竹中半兵衛ゆかりの垂井町、さらに西に向かうと関ヶ原という「戦国黄金ルート」です。実は、福井市一乗谷あるいは東海道新幹線米原駅のいずれかを起点とする「黄金ルート」もあるのですが、『豊臣兄弟!』の進展にあわせて追々紹介していきたいと思います。

●編集者A:書籍編集者。かつて編集した『完本 信長全史』(「ビジュアル版逆説の日本史」)を編集した際に、信長関連の史跡を徹底取材。本業では、11月10日刊行の『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』を担当。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好き。愛知県出身なので『豊臣兄弟!』を楽しみにしている。神職資格を持っている。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり











