
“高知の日本酒=辛口”というイメージをお持ちの方は多いのではないでしょうか。しかし実は、高知には甘口でフルーティーな日本酒や、バランス型の銘柄まで、驚くほど多彩な味わいが揃っています。古くから酒を愛してきた土佐の県民性と、革新的な酵母開発が生み出した、高知の日本酒の奥深い世界。辛口の名門から話題のフルーティー派まで、注目銘柄とともにその魅力をご紹介します。
文/山内祐治
高知で、辛口の日本酒が愛される理由とは
高知と言えば、元々辛口の評価が高い土地柄で、キレのある日本酒で知られています。古くは紀貫之の『土佐日記』にも人々が酒を楽しむ様子が記されており、昔から“飲んべえの県”として親しまれてきました。明治時代には酒税の高騰に対し、全国に先駆けて建白書を提出したほど、県民にとって日本酒は欠かせない存在です。
太平洋に面し新鮮な魚介類が豊富に獲れる土地柄、刺身や鰹のたたきといった海の幸を味わうには、辛口の日本酒で口中をリフレッシュするスタイルが定着しました。特筆すべきは「皿鉢(さわち)料理」の文化。大皿に盛られた多彩な料理を囲む宴会では、次々と異なる味わいを楽しむため、味覚をリセットしてくれる辛口が重宝されました。辛口のドライでシャープな味わいは、まさに高知の食文化と一体化した存在なのです。
高知の日本酒。その銘柄を知れば楽しみが広がる
高知県には施策資料でも18の酒蔵があると紹介されており、個性豊かな銘柄が揃っています。「土佐鶴」(とさづる)は昔ながらの辛口スタイルを守る伝統派で、高知の日本酒の王道を体現。対照的に「亀泉」(かめいずみ)は甘さとフルーティーさで新しい高知を作り上げ、若い世代からも支持を集めています。
「酔鯨」(すいげい)はみずみずしさとバランス感に優れ、“これを買えば間違いない”と評される安定感が魅力。「司牡丹」(つかさぼたん)は辛口傾向の蔵として長い歴史を持ち、力強い味わいが特徴。「美丈夫」(びじょうふ)は酸味を活かしたモダンな日本酒を展開し、なかでも「たまラベル」は華やかでワイングラスで楽しみたい一本です。「桂月」(けいげつ)も華やかな香りで注目され、高知の新しい潮流を担っています。
他にも、爽やかな印象の「文佳人」「土佐しらぎく」「安芸虎」など、様々な日本酒たちが存在します。各蔵が県の酵母開発の成果を活かし独自の味わいを追求しており、一つの県でこれほどバラエティに富んだ日本酒が楽しめるのは高知の特徴のひとつでしょう。
高知の日本酒。そのレアな出合いを求めて
高知には一般流通では手に入りにくいレアな日本酒があります。季節限定の生酒や低アルコール酒は、特約店でしか入手できない貴重な味わいです。また「酔鯨」のプレミアムラインや「美丈夫」の限定商品は、予約が必要な場合もありますが、その品質は格別なもの。
さらにユニークなのが、「酔鯨」と湖池屋の共同企画であるポテトチップスに合う日本酒。鰹の酒盗味のチップスとペアリングするために開発されたこの銘柄は、爽やかな味わいでポテトチップスの油を流し、次のひと口を誘います。カジュアルなペアリングの新しい形として画期的です。高知県のアンテナショップや酒蔵サイトをチェックすれば、こうした限定商品との出合いが待っています。
高知の日本酒。フルーティーな味わいの秘密
“高知=辛口”というイメージを覆したのが、高知県が開発したCEL酵母(セル酵母)です。この酵母はリンゴや洋梨を思わせる華やかな香りを生み出し、高知の日本酒に新しい風を吹き込みました。
最も有名なのがCEL-24で、カプロン酸エチルという香り成分を日本有数の量で産生し、甘くフルーティーな味わいを実現します。「亀泉」や「桂月」がこの酵母を使った代表格で、パイナップルキャンディやフルーツポンチのような華やかさが特徴。日本酒初心者でも親しみやすく、「これが日本酒?」と驚く人も少なくありません。しかしながら、極端な強香では好みが分かれるかもしれません。
近年はCEL-17も注目されており、CEL-24ほど香りが強すぎず、バランスの取れた味わいを生むため、食事との相性も良好です。さらに宇宙で培養した酵母を深海で適応させる革新的な酵母研究(宇宙深海酵母。2005年→2019年、2021年の開発により、極地耐性酵母ともいえる細胞壁の厚みを獲得。結果、酸やアルコールに対しても耐性がでるといわれる)も行われており、こうした挑戦が高知の日本酒の可能性を広げ続けています。
高知の日本酒「酔鯨」は西日本を代表する逸品
酔鯨は高知を代表するだけでなく、西日本でも知名度の高い日本酒のひとつと言えます。その魅力は抜群のバランス感と安定した品質。創業は1872年で、銘柄名は土佐藩主・山内容堂の号「鯨海酔侯」(げいかいすいこう)に由来します。鯨のように豪快に酒を飲む姿から名付けられた、まさに高知らしい名前です。
代表製品の「純米吟醸 高育54号」は、高知県育成の酒米54号(現在の「吟の夢」)を使用した歴史ある一本。みずみずしさがありながら水っぽさはなく、個性を主張しつつも出過ぎない絶妙なバランスが多くの日本酒ファンを魅了しています。プレミアムラインからカジュアルな商品まで幅広い展開も「酔鯨」の強みです。
高知の日本酒「亀泉」で新しい日本酒体験を

「亀泉」は前述のCEL-24酵母を使った日本酒を首都圏でいち早く広めた立役者です。特徴のひとつとしては、原酒でありながらアルコール度数が13~15度と低いことが挙げられます。純米吟醸の生原酒という贅沢な造りで、甘さと華やかさを存分に楽しめます。カプロン酸エチル由来の香りは、日本酒初心者でも楽しめる驚きのある香りと味わいです。
ラベルも革新的で、使用酵母やアルコール度数などのスペックがひと目で分かる仕様。データを見ながら味わうという新しい日本酒の楽しみ方を提案しました。ペアリングでは香気成分の前駆物質から見出だせる乳脂肪分との相性が抜群で、フレッシュチーズやドライフルーツ入りクリームチーズと合わせると、「亀泉」の甘さと華やかさが引き立ちます。ほかにもCEL-17使用の銘柄や辛口タイプもあり、バリエーションも豊富です。
まとめ。高知の日本酒は無限の可能性を秘めている
高知の日本酒の魅力は、「辛口と甘口」という対極の個性を一つの県で両立させている点です。伝統的な辛口を守りながら、CEL酵母による革新的なフルーティーな日本酒も生み出し、新旧が共存しています。「土佐鶴」や「司牡丹」の辛口伝統派、「酔鯨」のバランス型、「亀泉」や「桂月」のフルーティー派、「美丈夫」のモダン派と、18の蔵それぞれが個性を発揮しています。
さらに宇宙酵母の深海培養や、ポテトチップスとのペアリングなど、常識にとらわれない挑戦も続けられており、高知の日本酒は進化を続けています。辛口から甘口まで、ぜひいろいろな銘柄にチャレンジして、あなた好みの一本を見つけてください。その多彩さに、きっと驚かされるはずです。

山内祐治(やまうち・ゆうじ)/「湯島天神下 すし初」四代目。講師、テイスター。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。ソムリエ、チーズの資格も持ち、大手ワインスクールにて、日本酒の授業を行なっている。また、新潟大学大学院にて日本酒学の修士論文を執筆。研究対象は日本酒ペアリング。一貫ごとに解説が入る講義のような店舗での体験が好評を博しており、味わいの背景から蔵元のストーリーまでを交えた丁寧なペアリングを継続している。多岐にわたる食材に対して重なりあう日本酒を提案し、「寿司店というより日本酒ペアリングの店」と評されることも。
構成/土田貴史











