かっこ良かった! 北川景子さん演じるお市。(C)NHK

ライターI(以下I):戦国時代を彩った女性の中でお市の方ほど、物語性の強い女性はいないのではないでしょうか。織田信長の妹として生を受け、当代一の美女と謳われました。最初の夫浅井長政とは死に別れ、長政との間に設けた茶々、初、江の「浅井三姉妹」の物語ともあいまって、歴史的人物の中でもひときわ存在感のある女性のひとりだと思います。

編集者A(以下A):『どうする家康』では北川景子さんがお市の方を演じています。柵に囲まれた闘技場で松平元康(のちの家康/演・松本潤)と対決したのが初登場でしたが、実は幼少時に川で溺れた際に竹千代(のちの家康)に助けられたというエピソードも語られました。

I:それがきっかけで竹千代に恋をしてしまったという設定でしたね。兄の信長(演・岡田准一)が本能寺で斃れ、穏やかに暮らしていたと思われるお市の方と三姉妹に、再び苦難の道が待ち構えています。そうした中でお市の方役の北川景子さんの取材会が行なわれました。まず「お市の方を演じられてどうでしたか」という質問に答えてくれました。

このドラマの中でお市の方は、要所要所に登場する人物。久しぶりに登場すると、時間が10年経っていたりします。ですから、撮影の分量はさほどでもないのかもしれませんが、それ以上に自分の中でお市はとても印象強く、思い入れ深い役になったと思っています。今回、どんな風にお市を演じようか、撮影が始まる前からいろいろと考えていました。お市はすごく強くて、誇り高くて、岡田准一さんが演じられた兄の信長に対する敬意と畏怖を抱いているんですね。もし自分が男であれば、信長のように戦に出たいと思っているような強さ、勇ましさもありながら、一方で、女性として生まれてきたことをちゃんと理解して、わきまえている。女性として織田家のために戦うとはどういうことなのか、自分にできることは何なのか、自分に与えられた役割は何なのかということを、常に考えながら生きてきた人だと思います。

A:芯の強い女性という印象は、北川さんの佇まいと演技からしっかり感じられました。北川さんは続けます。

1回目の婚姻と2回目の婚姻とではお市の方の立場はまるで違っていて、その時々で翻弄されます。実家と嫁ぎ先との間で自分がどう立ち回りできるのか、ずっと頭を回転させ続けて、常に自分の生き方、そして人生の終わり方について考えている人だと思います。どこで自分のひとつしかない命を使うのか。そういう賢さを持った女性なのではないかなと思って演じていました。でも、3人の娘の前では普通の母親で、そういう側面では皆さんに親しみのあるキャラクターとして見て頂けたのではないかなと思っています。市にも普通の日常の幸せが、ほんのわずかな時間でもあったんじゃないか、普通の母親としての時間があったはずだと思うんです。そういうことは台本に書かれていませんが、想像しながら演じてみました。今は演じ終えてほっとしています。ひとりの女性の人生を演じきることができ、充実した気持ちでいます。

A:飛び飛びの出演ということは確かですが、登場回では毎回必ずインパクトのある印象深い登場でした。初回の仮面に木製の薙刀で戦う場面、仮面をとったらお市の方だったという衝撃、浅井長政と仲睦まじく暮らしていた中で、夫が信長に反旗を翻した際に、侍女の阿月(演・伊東蒼)を家康のもとに派遣した場面、家康とともに馬を駆って走る場面、本能寺の変直前に家康に「兄は家康を唯一の友と思っていた」と告げる場面、そして極め付きは新たな夫柴田勝家(演・吉原光夫)との籠城の際の甲冑姿……。

I:振り返ってみれば、どの場面も懐かしく思い出されます。私は甲冑姿のお市の方が本当に凛々しくて、この姿で馬を駆けたらもっとかっこよかっただろうなと思いました。さて、北川さんのお話はムロツヨシさん演じる秀吉のことにも触れていました。第19回でお市の方が秀吉にビンタしたシーンについてです。

お市が秀吉をビンタする場面は、本当に難しかったんです。お市の登場自体も、撮影現場でムロさんと会うのも久しぶり。その前に会った時は、秀吉はまだ信長などにペコペコしているような振る舞いをしていたのに、久しぶりに会ったら出世していて、お市にもこれだけの時間が流れていたんだと改めて感じました。私が秀吉に対して、「気安く触れるな、猿!」と、今までの関係性でビンタします。でも、娘を連れていかれることに対しては逆らうことができず従うしかないという苦しさ、悔しさがあり、毅然とした態度でいたいという気持ちと、自分は囚われの身で、この人に子供を任せることになってしまうのかもしれないという先の不安と、もっと自分はうまく立ち回ることはできなかったのかという思い……いろんな思いをあの短いシーンの中で全部表現しなくてはいけなくて、すごく難しかったです。

A:ある意味、お市と秀吉がはじめて真正面から向き合ったシーンでもありましたよね。

ムロさんとあんなにしっかり目を合せて演じたのは、あのシーンが初めてだったんじゃないかなと思います。もしかしたら秀吉はこれまでも見ていたかもしれないけど、お市は見ていなくて。それまでは秀吉は頭を下げて控えていることが多かったから、あんなに面と向かって見られて、ここへきてようやく、軽んじてはいけない相手だったんだなと初めてぞっとするんですね。この男は、放っておくと危ないぞということを実感する場面でした。

I:なるほど。確かにお市の方は出ずっぱりではないので、わりと登場間隔があいていたりしました。その間に秀吉が出世していたということですが、やはり秀吉の出世は物凄くスピーディだったことをうまく言い表した話ですね。さて、北川さんのお話はビンタの続きがあります。

あまり人の顔を叩くのって好きじゃないんですよ。しかもムロさんのことは大好きだから、そんなに叩きたい気持ちもなかったんです。でも、台本にそう書いてあるし、ムロさんも監督も、思いっきりやってくださいとおっしゃっていたので叩くしかなかったんです。だけど、その時のお市の気持ちを考えると、正直、そんなにしっかり、べたっと秀吉の顔に触りたいわけじゃないと思ったんです。だから、力いっぱい叩くというよりも、短めに叩いた方がいいんじゃないかと。秀吉から触れられそうになったことも許せないわけですから。今までだったらあんなに控えていたのに、何を軽々しく触ろうとしているんだという忌々しさと、できればそんなに触りたくないから、叩くというよりも振り払う気持ちが強かったんです。でも、実際の放送を見たら、パチンッ! とすごくいい音が上からのせられていて、そんなに叩いてないけどね、なんて思ったりもしました(笑)。視聴者の皆さんからはもっとやれ、という声もあって、もっとやればよかったのかな、なんて後から思ったんですが、その時は本当にハエを払うような、私とあなたは格が違うのよ、っていう思いでやっていました。

A:舞台裏のお話としては絶妙というか、視聴者のツボを心得ている面白いお話でした。

I:さて、北川さんはお市から影響を受けたことについても語ってくれました。

お市は、お家のために頭を使うことや立ち振る舞うこと、結婚も含め、いろんな戦いが彼女の仕事だったのだと思います。働きながら子供を育てるということも自分と重なることが多くて、こんなに立派に3人の子供を育てながら、この人は自分の仕事もちゃんとして、家のこともちゃんと考えてすごいなと思いましたし、勇気をもらうことが多かったです。自分も働きながら子育てできそうだなと思ったし、お市はこの時代にしては現代的というか、ちゃんと自分の考えや世界観を持っていて、自分の意志でしっかり動いて、自分の意志で仕事も子育てもしているところが共感してもらえるポイントだったんじゃないかなと思います。私も自分らしくやることが大事だなと役を演じながら思いました。言いたいことややりたいことをがまんせず、自分にできることを精一杯やろうと。撮影するたびに勇気をもらいました。私自身もそういう強いところがあるというか、弱くはないので、シンクロするというか、益々強くなった気がします。

I:北川さんのこの言葉に、今を生きる私たちも勇気づけられますね!

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。

●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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