文・絵/牧野良幸

アントニオ猪木さんが亡くなられた。プロレスラーとしてはもちろん、引退後もメディアや政治など広範囲で活動した人だけに残念である。

そこで今回はアントニオ猪木さんが出演した映画を取り上げるが、その前にプロレスラーとしてのアントニオ猪木さんの思い出も少し書いておきたい。

僕の世代だと小さい頃の思い出にプロレスは外せないだろう。最初は白黒テレビで見た力道山だった。その後にジャイアント馬場とアントニオ猪木があらわれる。

ブラウン管の中で外国人レスラーを倒すアントニオ猪木は大人だけではなく子どもにとってもヒーローだった。ウルトラマンなどと違って現実にいるヒーローだ。教室では男子が猪木の必殺技コブラツイストをかけあっていたものである。

青春時代では1976年のモハメド・アリとの“世紀の一戦”が忘れられない。その時は大学生で、講義をサボって友だちの下宿にみんなで集まりテレビ中継を見た。試合は予想もしない展開になったが、新たな格闘技に挑戦する猪木の姿はいつまでも目に焼き付いていた。アントニオ猪木の闘魂はプロレスにとどまらず、いろいろなところで日本人の目に焼き付いていたと思う。

それは映画も含まれる。アントニオ猪木は映画にも出演していた。それを今回取り上げてみたい。

取り上げる映画は『ACACIA』。2010年公開の作品で、監督は小説家でありミュージシャンであり、映画監督でもある辻仁成。自作の小説の映画化である。

これがアントニオ猪木の俳優としての初主演映画だった。俳優としてもいきなりリングの中央に上がった感じだ。ただアントニオ猪木が主演ということで、派手な格闘シーンやアクションを期待してはいけない。これは格闘映画ではなくヒューマン映画なのだ。

舞台は函館。平屋の家屋が並ぶ団地がある。暮らしているのは生活保護を受けている老人たち。みんな貧しく孤独である。ここに住人たちから慕われ何かと頼りにされている老人が住んでいた。それがアントニオ猪木が演じる元プロレスラー。住人からは“大魔神”と呼ばれている。

老人と言ってもアントニオ猪木なのだから胸が厚くて体格もいい。当時、猪木自身は還暦を過ぎていて、体調も良くなかったように見えるが、まだまだたくましい体つきである。

大魔神は老人たちの話し相手にもなれば、用心棒のようなこともした。老人というのは何かとだまされやすい。金貸しの不法な取り立てに困る人がいれば仲裁に入った。もちろん金貸しのチンピラは“元プロレスラーのジジイ”に難なくやっつけられてしまう。

ただ映画の中の猪木は闘魂剥き出しの猪木ではない。優しく静かな猪木である。どんなに強くても、どんなに大きな声を出しても威圧感はない。

アントニオ猪木にとっては初めての演技。プロレスなら第1試合だ。まだ手探りの状態だったと思うのだが、本人も予期しなかった味が演技からにじみ出ていると思う。われわれの知っているアントニオ猪木とちょっと違うアントニオ猪木が新鮮である。監督もそんな猪木の演技に圧倒されながらカメラを回したのではないか。

大魔神がタクロウ(林凌雅)を預かることから物語は動きだす。タクロウの両親は離婚。母親と二人で暮らしていたが、母親は新しい男と暮らすためにタクロウを大魔神にあずけた。何かあったら別れた父親のところに連絡してちょうだい。

大魔神は少年と暮らし始める。

「いいか、腰を落として」

「こう?」

「腕をとって、これがアームロック」

空き地で大魔神がいじめっ子にいじめられたタクロウに、プロレス技を教えるシーンは微笑ましい。

もっと微笑ましいのが大魔神がタクロウの破れた服を縫う場面である。アントニオ猪木が針仕事をしている姿なんて想像できるだろうか。猪木は裁縫もうまそうである(あくまでスクリーンで見ての話だが)。

大魔神はタクロウをかわいがる。夜、停泊船に忍び込んだ時も、船乗りごっこを始めたのは大魔神だった。

「タクロウ、ばかでかい人食いザメが向かってくるぞー!」

「え、なに?」

「タクロウ、気をつけろー、波に飲み込まれるー!」

「船長ー!」

やがてタクロウも大魔神を慕うようになる。

タクロウと暮らすことで、大魔神は心の奥に封印していた過去が少しずつ表に出てくる。大魔神はかつて悪役の覆面レスラーだった。巡業中に一人息子をなくすが、試合があったために息子の元に帰らなかった。それが原因で妻(石田えり)とも別れた。

自分は至らない父親だったから、タクロウには実の父親と合わせてやりたい。大魔神は嫌がるタクロウを説得して父親と合わせようとする。タクロウの方も大魔神の過去を知ると、別れた奥さんとの仲を元に戻したいと、大魔神を元奥さんのもとへ連れて行く。

大魔神とタクロウの友情が心に染みる。そして最後はみんなが幸せな道を歩む。『ACACIA』はそんな心温まる映画である。

最後に印象に残った場面を加えるなら、夜の停泊船でタクロウが大魔神にたずねるシーンだ。夜空を見上げながらタクロウが言う。

「ねえ大魔神、死んだら人間はどうなるの?」

「死んだら人は、星になるんだよ」

「だから星は光っているんだ」

アントニオ猪木さんも今は星になっているかもしれない。その星は間違いなく光り輝いていることだろう。あらためてご冥福をお祈りします。

【今日の面白すぎる日本映画】
『ACACIA』
2010年
上映時間:100分
監督:辻仁成
脚本:辻仁成
出演:アントニオ猪木、林凌雅、北村一輝、坂井真紀、川津祐介、石田えり、ほか
音楽:半野喜弘
主題歌 :持田香織『アカシア』

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
シーディージャーナル

Amazonで商品詳細を見る

楽天市場で商品詳細を見る

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2024年
12月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

「特製サライのおせち三段重」予約開始!

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店