銀座一丁目裏路地には、知る人ぞ知るビルがある。その名は奥野ビル。竣工は1932年(昭和7年)。東京大空襲とバブル経済の地価狂乱や再開発ブームを逃れた建物だ。手動式エレベーターが今なお稼働するこのビルの403号室に「スーツを愛する紳士淑女」のためのサロンがある。この連載ではその、仕立て屋のオーナー・大西慎哉が“おしゃれとスタイルの愉しみ”を紹介していく。

今回のテーマはスーツの選び方。長引く外出自粛も明け、人との社交が復活しつつある今、紳士の装いで出かけるのも一興だ。

紳士が選ぶなら無地のスリーピーススーツ

仕事のための「作業着」としてのスーツではなく、自分を表現し、人生を愉しむためのスーツを求める方が増えてきました。

私は「最初に何を作ればいいでしょうか」と聞かれますが、そんなときには、クラシックなカットのネイビー無地のスリーピーススーツをおすすめしています(冒頭写真で着用)。ネイビーは40代以降の男性を上品に優しく見せてくれる色だからです。

とはいえ、ネイビーに対して「明るすぎる」というイメージを持たれる方もいるでしょう。ネイビーには様々なトーンがあり、私がおすすめしているのは、黒に近いミッドナイトブルーです。この色は太陽光の下ではブルー寄りに見えるのですが、夜のとばりが落ちてくるとともに表情を変えていきます。

シックなレストラン、フォーマルなパーティーでは、黒に近い紺色で、男性のミステリアスな表情を引き出してくれるのです。

ネイビーは紳士に合う色の代表格。

スーツの最も伝統的なスタイルは、3ボタンのシングルブレステッド(シングル)です。これは、体のセンターにあるボタンで留める構造をしており、19世紀の英国紳士がキツネ狩りのときに着用したライディングジャケット(乗馬ジャケット)から派生したスタイルです。ちなみに、ダブルブレステッド(ダブル)は、同時代の英国の軍服が起源とされています。他にも、スーツの構造のみならず襟の形状、袖のボタン一つ一つに意味があり、スーツの世界の奥深さがわかります。

カフリンクスなどで遊び心を加えるのもスーツの愉しみ。

トラウザーズ(ズボン)は騎兵隊が着用した細身のスタイルで、1プリーツフォワード(インタック)、サイドアジャスター付きのブレイシーズ(サスペンダー)で吊るタイプが正統です。

小説『ドリアン・グレイの肖像』で知られる、19世紀の英国で活躍した芸術家のオスカー・ワイルドも、「トラウザーズはウエストではなく肩から吊られるべきだ」と語っています。

実際に肩から吊った方がトラウザーズが垂れ下がることもなく、シルエットも常にきれいに保たれています。

ブレイシーズは、お腹が育ちがちの私たちの世代の紳士諸兄にもメリットがあるのです。なぜなら、ウエストの締め付けが少ないために、一日を楽に過ごすことができるからです。

仕事用のスーツは、グレーが正解

私はサライ世代の方から、「仕事用のスーツは何色がいいですか?」という質問もよくいただきます。

その答えはグレーです。グレーもネイビー同様、そのトーンに差があります。重厚な雰囲気を出したいときは、濃いめのグレーがいいのですが、今の春夏の季節なら、リラックスして優しい雰囲気のライトグレーがいいでしょう。

グレーは生地の素材がよく出ます。オールシーズン着たいのならば、鮫の肌のようなシャークスキン生地や、小鳥の目のようだからと名付けられたバーズアイ生地がおすすめです。いずれの生地も伝統的な織り方です。

冬には、なんといってもグレーフランネル生地のスーツをおすすめします。暖かみがある素材は、大人の方にこそ似合う休日のワーンシーンにも使えるスーツです。『ローマの休日』で有名な、50年代に活躍した俳優のグレゴリー・ペックのような着こなしができます。

スーツは装いで自分自身をクラスアップさせてくれるものです。時にはハードボイルドなイメージをまといながら、オーセンティックなバーでスコッチグラスを傾けるのもいいですね。

スーツは体にフィットするように仕立てれば、体型を選ばずに紳士に見せてくれる魔法の服です。

「その時代」のスーツを着る

スーツの型は、時代の空気が現れます。現在も、数年前まではスリムなシルエットが流行でしたが、今はワイドなシルエットに移行してきています。ファッションの世界では毎シーズンごとに流行がありますが、クラシックスタイルでも少しずつ変化があるのです。

さて、現代50~60代の世代の心に残っているスーツと言えば、バブル時代に流行した、肩はばが広く肩パット山盛りのシルエットではないでしょうか。

今もなお、それに近いスーツとヘアスタイルそのままの方をお見掛けすることが多々あります。

長年、ファッション業界にいて感じるのは、「人は自分の人生の最盛期の服装を着続ける傾向がある」ということです。これは、男性も女性も同じことが言えます。やはり、無意識のうちに過去をひきずってしまうのですね。

私がおすすめしたいのは、「今を愉しむ服装」です。

ご自身のスタイルをベースにしつつ、今の時代の気分や、年齢を重ねてきた変化を愉しむのです。

仕事の一線に立たなくなったから、プライベートで自分のためにスーツを着て、ハットやアルバートチェーンなどの小物などで変化をつけるのも素敵ですね。

今の季節は、スーツ×ハット(帽子)のアレンジもいい。

また、服のサイズを今の体型に合わせて変えることもいいですね。袖丈を短くしたり、ウエストサイズを変えるだけでも、見違えるように紳士な装いになります。

カジュアル全盛時代だからこそ、時にはスーツを着て、心地よい緊張感に包まれながら人生を楽しんでみると、気持ちも体型もグッと若返ります。

最後に、現エリザベス女王陛下のクチュリエだったハーディー・エイミスの言葉を紹介します。

それは、「ジェントルマンは大いなる配慮を持って装い、一度身に着けたらそれを忘れるべきだ」です。

定番で愛用している服こそ、さまざまな着方をして、その変化を愉しむ。スーツはシャツや小物で雰囲気が変わります。時代にアンテナを張り、自分自身と向き合うからこそ、自分のスタイルが確立していくのです。

私もそうありたいと、日々精進しています。

●大西 慎哉

1965年生まれ 大学卒業後、レナウンに入社し、「アクアスキュータム」など英国ブランドを担当。2007年から「ハケットロンドン」日本支社立ち上げに参画。2020年に退社後、 テーラーサロン「Sloane Ranger Tokyo」を立ち上げる。 アパレル業界歴30年のファッション通で、「おしゃれ番長」の異名をとる。
Sloane Ranger Tokyo オーダースーツの他、20世紀初頭から現代までのヴィンテージスーツや英国の軍服、トップブランドのヴィンテージアイテムも扱う。紳士服の博物館的な要素も。展示品は購入もでき、ファッションアドバイスも行う。

住所:東京都中央区銀座1丁目9−8 奥野ビル 403
03-6263-2230 ※完全予約制

https://sloanerangertokyo.com/
Instagram @sloanerangertokyo

 

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