文/印南敦史
「遺品」と聞けば多くの人は、仕事道具や趣味のコレクション、あるいは愛車や日記など、形のあるものを思い浮かべるだろう。もちろん、それらが遺品であることに間違いはないのだが。
しかし、いまや遺品は目に見えるものだけではない。スマホやパソコンのなかに保存されている写真やメール、各種データ、インターネット上にあるフェイスブックやツイッターなどのSNSページも、れっきとした遺品候補だからだ。
それらを「デジタル遺品」になりうる存在だとしているのは、『スマホの中身も「遺品」です-デジタル相続入門』(古田雄介 著、中公新書ラクレ)の著者。2010年から、亡くなった人が残していったSNSページやブログ、ホームページの追跡調査を開始したという人物である。そこからデジタル遺品全般に関心や調査を広げ、現在に至る。
さまざまな事例を見てきた結果、所有者が亡くなったあとに発生するデジタル遺品特有の問題は、大きく2つに分けられることに気づいたそうだ。
・デジタルだから起きる問題
・業界の未成熟さが招く問題
(「はじめに」より引用)
この2つを区別して捉えることが、デジタル遺品を必要以上に怖がらない第一歩だと確信し、そこから「遺品2.0」という捉え方に至ったというのである。
デジタル遺品といっても遺品の一ジャンルにすぎません。ただ表面的なところでこれまでの遺品と随分違うところがあるのは確かです。なおかつ、多くの人が避けては通れないほど生活に浸透しています。従来の遺品観にデジタル要素も混ぜ合わせ、少し本腰を入れてバージョンアップして向き合わないと厄介な存在になるんじゃないか。それで「遺品2.0」というわけです。(「はじめに」より引用)
ところで、デジタル遺品と対峙することが多いのは遺族だが、亡くなった家族が残していったデジタル遺品の全体像を把握し、公開の内容に処理するためにはどうしたらいいのだろうか。
遺族という立場でデジタル遺品と向き合うときは、大きなストレスにさらされている状態である可能性が高い。そんななか、気持ちを整理するよりも先に、葬儀の手配や死亡届などの行政手続き、故人の職場や関係者への連絡、保険金の請求や預金口座の凍結、部屋の片づけなど、不慣れな作業を限られた時間内でこなさなければならないわけだ。
だがデジタル遺品は、そこに新参のタスクとして加わるというよりも、「それぞれのタスクに少しずつ含まれるかたちで存在する」と捉えるべきだと著者は主張する。
人間関係をスマホからたどったり、預金や保険の足がかりをインターネットブラウザーの履歴から見つけたり、思い出の手紙や遺影候補の写真、持ち主からのメッセージがデジタル機器の中に残されていることもあります。従来の遺品整理の領域にデジタルのものがプラスされる。それが「遺品2.0」の捉え方です。(103ページより引用)
つまり決して難しいものではなく、大筋の流れは、デジタルがなかった時代の遺品整理と変わらないのだ。したがって、「デジタルはよくわからないから」とまとめて後回しにするのではなく、「電気やガス、水道の支払い元などと一緒にネット回線の契約先も調べよう」というように、従来のものと融合させて向き合えば効率的に進めることが可能になる。
なおスマホやパソコン、USBメモリーなどの「家」は、ログインできるかどうかの確認も重要。ただしiPhoneはロック解除の連続ミスをすると事態を悪化させてしまうので、すべてのログインチャレンジは「3回程度試して無理なら、いったん諦めて次に向かう」と覚えておくのが無難なようだ。
他にも預金通帳に記帳された定期的な引き落としから、インターネット上にある定額支払いサービスを見つけたり、郵送物のなかからオンライン上の金融資産の証拠が拾えたりすることもあるもの。
職場の同僚や友人との会話から重大なヒントがもらえることもあるだろうし、初期調査の段階では「もしかしたら○○銀行の口座があるかも」「このUSBメモリーは別の人のものかも」といった不確定な情報でOK。
つまり漏れがないだろうかと神経質になるよりも、ぼんやりとした疑問点に気づくことのほうが重要なのだ。
ここでやってはいけないのは「使用中のスマホが見つかったから、すぐ解約しよう」とか「親戚がパソコンを欲しいと言っていたから、とりあえずあげちゃおう」といったように、全体像を見る前に個別の処理を進めてしまうことです。(106ページより引用)
たとえばLINEアカウントは、電話番号を解約してしまうと、いつ消滅してもおかしくない状態になる。LINE Payに残高があった場合も、LINEアカウントが消滅してしまえば確認する手段がなくなってしまうのだ。
いずれにしてもデジタル遺品は、さまざまな権利が折り重なっていることがあるものだ。そのため、まずはできる限り、見えない部分を見えるようにするべき。実際の処理は、そのあとにすればいいということだ。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。