前回では、「ジャズの大ヒット」として知られるリー・モーガンの『ザ・サイドワインダー』が、『ビルボード』のシングル盤チャートで最高81位だったことを紹介しました。その前年にはルイ・アームストロングが同チャートで1位、スタン・ゲッツが5位ということも紹介しました。それらも「ジャズの大ヒット」として知られますが、では、ほかにどれくらい「ジャズのヒット」があるのか?と調べてみたら、ジャズの常識をくつがえす(かもしれない)事実をいろいろと発見してしまいました(当人比、ですが)。今回から数回にわたって、きっと意外に思われる「ジャズとヒット・チャート」をめぐる事実を紹介していきます。

なお、アメリカの歴史あるチャート誌はいくつかありますが、ここでは『ビルボード』誌のチャートについて見ていきます。その主要チャートは2種類あって、シングル盤の「HOT 100」とアルバムの「Billboard 200」です。「HOT 100」は1958年8月4日号より始まるもので、現在も続いています。アルバム・チャートは1956年に始まりますが、当初はモノラルとステレオに分かれ、順位も150位までだったり、また名称も時期により変わってきていますが、特記していないものは、現在それらがまとめられて同誌サイトで公開されている「Billboard 200」のデータを参照しています。また、そのほかのデータの出典は『ビルボード』誌によるものです(次回以降も同様)。

さて、まず見てみたのはマイルス・デイヴィスについてです。マイルスのヒットといえば、『カインド・オブ・ブルー』(コロンビア)の累計1000万枚以上のセールスがよく知られています。さすがは「ジャズの帝王」、文句なしのロングセラー・大ヒットですよね。しかしここでは累計は見ません。その時代の音楽としての評価、その時代にどれだけ受け入れられたかという指標として、初発表時のチャート順位を見ていきます。


マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』(コロンビア)
演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、キャノンボール・アダレイ(アルト・サックス)、ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)、ビル・エヴァンス(ピアノ)、ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)
録音:1959年3月2日、4月22日
全世界で累計1000万枚超(メーカーの公式発表)という、ジャズのなかでは最高に「売れた」アルバムのひとつ。マイルスの傑作中の傑作、かつモダン・ジャズを代表する1枚。というのが現在の評価なのですが……。


『カインド・オブ・ブルー』は初発売当時、リスナーにどのように受け入れられたのか。このアルバムは1959年8月17日にリリースされました。59年8月31日号の「Revews of This week’s LP’s」と「New Releases」のコーナーに紹介が載っています。コロンビアのカラー広告にも、他のアルバムと並んで掲載されています。メーカー「推し」の1枚ですね。当時のアルバム・チャートはモノラルLPとステレオLPに分かれており、モノラルが50位、ステレオが30位までランキングされていました。まだモノラルがメインなのですね。そして、この号のアルバム・チャートにランクインしているジャズ・アルバムは、ヘンリー・マンシーニ『ピーター・ガン(正・続)』が7位と9位、アーマッド・ジャマル『バット・ノット・フォー・ミー』(アーゴ)が27位、フランク・シナトラが28位と35位でした。マイルスは、……なし。

また、「Best Selling Jazz LP’s」という小さなコーナーで10位までランキングがあり、1、2位がマンシーニ、そしてジャマル、ジェリー・マリガン、ニーナ・シモン、エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロングらが並びます。マイルスは、……なし。驚くのはこの号でアーマッド・ジャマルの『アット・ザ・ペントハウス』(アーゴ)が1ページ全面広告で宣伝されていること。これ以前の号にもジャマルの広告が多数出ているのでアーゴ・レコードは力を入れてジャマルを宣伝し、その結果が出ていたことがうかがえます。


アーマッド・ジャマル『バット・ノット・フォー・ミー』(アーゴ)
演奏:アーマッド・ジャマル(ピアノ)、イスラエル・クロスビー(ベース)、バーネル・フォーニア(ドラムス)
録音:1958年1月16日
これが当時『カインド・オブ・ブルー』よりはるかにヒットしていたジャズ・アルバムです。59年6月にはモノラル・アルバム・チャートに、ジャマルはこのほかもう1枚もランク・イン。ジャズ・チャートではありません。念のため。だからもしかするとジャズ・マニア以外の認識では、ジャマルのほうがマイルスより「格上」だったかも(マイルスが年長)。だとすれば、マイルスがジャマルから大きな影響を受けているという「定説」も理解しやすいところ。

『カインド・オブ・ブルー』は、発売即ランクインにはならなかったのでした。では2週後の1959年9月7日号ではどうかというと、マンシーニ、シナトラ、ジャマルは変わらずランクイン。マイルスは、……なし(なぜかジャズのチャートはイレギュラーだったようで以降しばらく掲載なし)。そして、その1か月後も2か月後もマイルスは記載なし。つまり、ランク入りしなかったのでした。

というわけで、『カインド・オブ・ブルー』は「モードという新しいアドリブ手法を取り入れた画期的な作品」ではありますが、当時のリスナーからは、とくに注目される作品ではなかったようです。ですから「1000万枚」は、古典としての評価ということなのでしょう。

マイルスが初めて「Billboard 200」にランク・インしたアルバムは『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン』(コロンビア)でした。1963年8月17日号で「Album Review」に登場、9月14日号の「Breakout Albums」コーナーで紹介され、117位で初登場。このときのチャートには、ジャズではトニー・ベネット、フランク・シナトラ&カウント・ベイシー、ナット・キング・コール、デイヴ・ブルーベック、スタン・ゲッツ、ナンシー・ウィルソンらの名がありました。そして、10月5日号で第62位にランクされ、これが最高位となります。ここからマイルスはアルバム・チャートの常連となっていくのですが、続きは次号で。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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